死からの生還と死ぬプロセス

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最近号の Newsweek に、死から生還、つまり生き返った男の話が載っていた。この記事は併せて、人間が死ぬプロセスについても考察しており、興味深く読んだ。 The Science of Death, Reviving the Dead By Jerry Adler

ビリー・ボンダーという61歳の男性は、あるとき突然心臓発作に見舞われた。原因は動脈硬化だった。心臓に血液を送る大動脈がプラークによって塞がれ、髪の毛ほどの細さになってしまったために、心臓の動きが酸素不足でストップしてしまったのだった。俗に「後家作り」と呼ばれている発作である。

妻が駆けつけて夫の様態を見ると、呼吸も脈も認められず、見開いた目はガラス玉のようだった。普通の人ならもう死んでしまったと思ってあきらめただろう。だが妻は一抹の希望を抱いて、救急車を呼ぶ間に、以前習った心肺蘇生術を施した。この技術は、心臓のある辺りをリズミカルに押し続けることによって、心臓の動きを回復させるとともに、肺に残っている酸素を脳に送る効果がある。

幸いに救急車は2分以内にやってきた。すぐに電気細動機が用いられ、酸素吸入が行われた結果、ボンダーには呼吸と脈が戻った。

これは非常に幸運な例だったと記事はいう。普通、心臓が止まって5分以内になんらの処置も行われなければ、人は確実に死ぬ。というより、再び生き返ることはない。救急車を呼んでも5分以内に来てくれることはめったにないし、心肺蘇生術もそう普及しているわけではないから、ボンダーがいかにラッキーだったか、わかるというものである。

アメリカでは今蘇生医療が盛んだ。それは人間の死のプロセスについての研究が進んだことに基づいている。心臓が止まっても人間はすぐ死亡するわけではない。脳の細胞が死滅して初めて医学的に死亡したとされるが、細胞の死滅には一定の時間がかかる。普通は5分というのが蘇生できるかどうかの分岐点とされるが、条件によっては、脳細胞はもっと長い時間死なないでいる。その間に適正な処置を行えば、蘇生する可能性は高くなるのである。

細胞の死には二つのパターンがある。アポトーシスとネクローシスである。アポトーシスはプログラム細胞死とも細胞の自殺とも呼ばれ、細胞が一定の条件下で自発的に死滅する過程である。人間の皮膚細胞の更新や昆虫の変態などはこのメカニズムによるものである。つまり不要となった細胞が自殺し、新しい細胞に席をゆずるのである。癌化した細胞の殆どはアポトーシスのメカニズムによって取り除かれているといわれる。これに対してネクローシスは外的な圧力によって細胞が破壊されることで、壊死という場合もある。

アポトーシスは細胞の中にあるミトコンドリアによって制御されている。細胞へ血液が流れず酸素の補給が途絶えると、ミトコンドリアが指令を発し、アポトーシスの過程が始まる。いったんアポトーシスが始まると、それはもう止められない、そう考えられてきた。

だが最近の研究は、このアポトーシスの過程をとめたり、遅らせたりする条件を見だしつつある。その最も有力なものは低体温化である。体温を摂氏33度まで下げると。アポトーシスが著しく弱まるか止まるらしいのである。その間に蘇生のための手立てを打つことによって、患者が生き返る確率は飛躍的に高まる。

ボンダーの場合も、昏睡状態にある間に、低体温化の処置を施された。生理食塩水を注入した上で、循環水をつめたプラスティックチューブで身体を包んだのである。こうして体温を33度に下げて一日おき、その後徐々に常温に戻した。この結果、ボンダーは心臓発作で死んでから、およそ一週間後に意識を取り戻した。

低体温化によって、もしもアポトーシスをとめることができれば、理論的には生きた細胞を永久保存することも可能になるだろう。こんなところから、この技術は将来の不死術として熱い期待を集めているらしい。いきおい、人の死とは何か、この永遠のアポリアをめぐって、あらたな課題をつきつけてもいる。


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