歳月人を待たず(陶淵明:雜詩其一)

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雑詩十二首は、陶淵明が折に触れて感慨を詠んだもので、秀作が多い。すべてが同じ時期のものではなく、大きく二つのグループに分けられる。

前半の八首は残り少ない人生について語っているところから晩年のものと思われる。これに対して後半の四首は行役の苦しさについて語っているから、おそらく官途にあった時期の作だろうと思われる。


雜詩其一

  人生無根蔕  人生 根蔕なく
  飄如陌上塵  飄として陌上の塵の如し
  分散逐風轉  分散し風を逐って轉じ
  此已非常身  此れ已に常の身に非ず
  落地爲兄弟  地に落ちては兄弟と爲る
  何必骨肉親  何ぞ必ずしも骨肉の親のみならんや
  得歡當作樂  歡を得なば當に樂しみを作すべし
  斗酒聚比鄰  斗酒 比鄰を聚めよ
  盛年不重來  盛年 重ねては來たらず
  一日難再晨  一日 再びは晨なりがたし
  及時當勉勵  時に及んで當に勉勵すべし
  歳月不待人  歳月 人を待たず

人間の生には(植物のような)しっかりとした拠り所がなく、ひらひらと舞い散るさまは路上の塵のようだ、ばらばらになって風に吹かれて飛び散り、もとの通りに居続けることはない

この世に生まれたからにはみな兄弟だ、骨肉の間柄だけではない、歓楽の機会があればすべからく楽しもう、酒があれば近所の連中を集めようではないか、

盛りの年は二度とはない、今日という日は再びは来ない、時に及んでまさに行楽を楽しもう、歳月は人を待ってはくれないのだ


人生のはかなさを説き、時に及んで行楽すべしとうたうこの詩は、陶淵明の詩の中でも有名なものだ、特に最後の四句は人口に膾炙してきた、だが、意味を取り違え、歳月は人を待たないから、寸刻を惜しんで勉強すべしというふうに、解釈されることが多かった。

それは勉励を、普通に言う勉強と受け止めたことの結果だろうが、ここでいう勉励とは行楽に精を出すことをいうのである、


  • 歳月人を待たず(陶淵明:雜詩其一)

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  • 百年邱壟に帰す(陶淵明:雜詩其四 )

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  • 子有るも金を留めず(陶淵明:雜詩其六)

  • 家は逆旅の舍なり(陶淵明:雑詩其七)

  • 代耕は本より望みに非ず(陶淵明:雜詩其八)

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