ムンク展が上野の国立西洋美術館で開催されている。正月明けの一月六日までというので、暮れで忙しいさなかではあったが、足を運んでみた。
エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)は、「叫び」や「不安」また「雪の中の労働者」の絵などが日本人には良く知られている。それらの絵は、抑えた色調の中で、人間の内面を描き出そうとしたもので、観念的な傾向を感じさせる。北欧出身の数少ない作家だということもあって、ムンクは日本人には孤高の画家というイメージが定着してきた。
ところが、今回の展覧会では原色を多用した明るい色彩の絵が多く展示され、これまで抱いていたムンクのイメージが覆されるような印象を受けた。ムンクには装飾芸術家としての側面もあったようで、晩年に近づくほど、明るい色彩の装飾的な絵を多数描いているのだ。
そうした装飾的な作品は、独立した絵というより、共通のテーマにもとづいた連作としての性格が強い。ムンクはそのテーマをフリーズと呼んだ。フリーズとは装飾のための帯という意味だそうである。
今回の展示では、生命のフリーズ、リンデ・フリーズ、オスロ大学講堂の壁画など、いくつかのテーマが取り上げられていた。チョコレート工場の食堂の壁を飾るために描いたとされる一連の絵などは、今日もまだその場にあって、労働者たちの食事のひと時を慰め続けているらしい。
ムンクは自分のアトリエの壁にも、自分自身を勇気付けるかのように、一貫したテーマに基づいて絵を配置していたという。ムンクはそれらの絵を一望することで、単独に見たのでは味わい得ない、重層的なイメージを形成できるのだといっていた。彼はそのイメージをシンフォニーに喩えている。
今回特に印象深かったのは、「吸血鬼」と題された作品だ。これは女が男を抱きかかえて、男の首に接吻しているところが吸血鬼のように見えるところから、そう名づけられたのであるが、ムンク自身はそう受け取られることを嫌い、そもそも人間の愛を描いたものだといっていたそうだ。
ムンクが「不安」や「叫び」を描いたのは1890年代だ。ムンクは若い頃肉親の死を経験することで、人間の深い悲しみや死への不安といった感情に敏感になったようだ。彼の作風を代表するこうした作品群には、彼の個人的な体験に裏付けられた内面の感情が吹き出ているのかもしれない。
ムンクは当初後期印象派の影響を受けたとされるが、「叫び」などの絵はそうした範疇を超えた新しさを感じさせる。そうした新しさが後に、表現主義の画家たちに大きな影響を与えることとなるのである。
関連リンク: 日々雑感
コメントする