アリストテレスのカテゴリー論:実体と本質

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演繹的推論としての三段論法に関する議論と並んで、アリストテレスの論理学が後世に及ぼした影響の中で重要なものは、カテゴリーに関する議論である。カテゴリーとは、存在のもっとも普遍的な規定であるような諸概念をさす。それは論理的に整理された存在の諸様相の一覧表であり、体系的な存在論の試みとして、後世の学者たちに受け取られてきた。

アリストテレスはカテゴリーとして、実体、分量、性質、関係、場所、時間、位置、状態、能動、所動の10個をあげている。彼がカテゴリーの定義としていっていることは、「いかなる点からみても複雑ではない表現の意味するもの」ということだが、要するに存在のもっとも単純で、他の性質に依存しないような究極のありかたということらしい。

アリストテレスはこれら10個のカテゴリーのうち、実体をもっとも根源的なものと位置づけ、残りのカテゴリーはそのさまざまな様相にかかわるものだと考えた。

実体とは、アリストテレスによれば、「主語に述語として付け加え得ないものであり、また述語の中には存在しないもの」である。わかりにくい言い方なので、わかりやすく言い換えると、述語となるような諸々の性質の主語となるものであり、そのすべての性質から区別されるものである。

たとえば、バラは赤かったり、薫り高かったり、棘で人を刺したりするものである。また或る時には愛情の徴となったり、初夏の清々しさを喚起させたりするものでもある。このさまざまな場合を通じて、一つのバラというものが主語として実在しており、それは諸々の性質からは自立した存在である。このことをアリストテレスは「実体」という言葉で表したのだ。

要するに諸々の述語にとって共通の主語となるもの、それがアリストテレスのいう実体というわけであろう。

アリストテレスは、この実体という概念に本質という概念を関連付けた。本質とは、あるものが「みずからの同一性を失うことなしには変化し得ないような性質」をさす。いいかえると、その性質を除外すると、そのものではなくなるような、もっとも重要な性質ということになろう。

だが実体といい、本質といい、それは果たしてどのようなものなのか、想像してみるのはむつかしい。われわれはバラというものから、さまざまな性質をとりさり、バラの実体そのものを想像しようとしても、残るのは空虚だけではないだろうか。ところがアリストテレスは空虚ではなく、本質を具現した実体というものが、この世には存在すると真剣に考えていたようなのである。

実体をめぐる議論はその後、実在論と唯名論の対立として、中世哲学の最大のテーマになった。実在論者は、神をはじめさまざまなものの実体が存在すると主張し、唯名論者は実体とは主語と述語の間に成立する関係を表す操作的な概念にすぎないと主張した。

実体とはさまざまな性質や出来事を束にしてまとめるための、便宜的な説明手段といえる。言語学的には、さまざまな述語を束ねる共通の主語といってよい。人間は、この共通の主語を、いついかなる場面においても同一のものとして意識するからこそ、出来事の連続性や存在の恒常性について確信がもてるのである。

人間の自己認識についても同様のメカニズムが働いているであろうことは、近年の精神医学が、統合失調症の分析を通じて明らかにしているところだ。


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