アリストテレスの自然哲学

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アリストテレスの自然哲学は、プラトンに集約されたギリシャ古来の伝統的自然観にアリストテレス独自の「質量―形相」の理論を接木したものである。それは一言でいえば、人間を頂点とした目的論的自然観であったといる。

ギリシャ伝統の自然観にあっては、世界は恒星天、遊星天、そして月下の世界たるこの世からなっている。恒星天や遊星天は神々の世界であるのに対し、この世たる月下の世界は死と生成の原理が支配している。

生成とは「成ること」あるいは変化することであるが、それが可能なためには運動がなければならぬ。また運動が可能であるためには、その前提として時間と空間があらねばならぬ。

アリストテレスは著作「自然学」のなかで、運動の概念を「質量と形相」、「デュナミスとエネルゲイア」という形而上学的概念に関連させつつ論じている。運動とは、可能的に存在するものの活動、あるいは可能的に存在するものと完全に実現された存在との中間にあるものである。つまりそれはエネルゲイアとしての質量が形相を得てエンテレケイアとして実現していく過程である。この中で、空間は運動の可能態、時間は運動の尺度であるとされる。

このように、アリストテレスの自然哲学はきわめて目的論的色彩の強いものである。アリストテレスが依拠したギリシャ語の自然=フュシスという言葉には、そもそも成長とか目的とかの概念が潜んでいた。たとえばドングリの実は樫の木に成長することによって、その本来の目的を達するが、そのことはドングリの自然にもかなうという風にである。

このことはアリストテレス流に言い換えれば、あらゆる自然的事物は、質量が形相をえて、その本来のあり方を実現するために運動しているということになる。質量は形相にとって低い段階であり、実現された形相はより高い形相にとっては質量となる。このように自然界の事物は階層的な秩序を形成している。

月下の世界において、自然はアナクサゴラスのいう4大元素からなるが、それらはたえず互いに結合しあいながら生成の過程を辿っている。無機的なものから植物へ、植物から動物へ、そして動物から人間へといった具合に、その生成の過程は段階的な階層をなしており、その頂点に人間が来るのである。

植物の機能は栄養であり、動物の機能は感覚、高級な動物にあっては場所的運動をもつ。これらに加え人間は思考あるいは理性を持ち、世界を把握する能力を有している。

面白いことに、アリストテレスはこの理性を肉体と分離して考えている。理性は肉体的な機能と内的な関わりを持たず、外からやってきたもので、肉体が滅びてもそのものとして独自に生き続けると考えているのである。アリストテレスには一方、共通感覚という考え方もあって、個々の感性的な受容性を総合的な認識へと高める作用のことも語っているのだが、それはあくまでも受容的認識というレベルにおいてのこととされ、能動的な作用としての理性は人間の肉体とは関係がないとしているのである。

ともあれ、アリストテレスの自然哲学においては、すべての生成は目的を持っている。その目的とは形相のことであるが、もっとも高い段階の形相は精神である。人間はその形相が実現された、月下の世界での頂点をなす存在なのである。

人間の中でも成人した男性がもっとも価値の高いものだとされた。月下の世界の秩序は、この男性を生み出すために働いている。男性に比べれば女性は劣った存在であり、父親に似ない男の子はそれだけで出来損ないである。また女の子が生まれてくるのは、生成する原動力としての父親の力が足りなかったせいなのだ。いわんや人間以下の動物やそれ以外のものはみな、低級なものに過ぎない。

なぜこのようなことが起こるのか。もし自然がはっきりした意識に基づいて生成を行なっているならば、こんなことは起こらないだろう。自然ははっきりした洞察に基づいて製作する技術者ではなく、盲目の衝動にしたがって働く職人にすぎないというのが、アリストテレスの結論だったようだ。


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