アリストテレスの共感覚論

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アリストテレスは人間の理性を二元的に捉えていたようである。理念的で能動的な理性と、感覚とつながりをもった受動的理性とである。

アリストテレスにとって理性とは本来肉体とは独立したもので、それ自身の能動的な働きによって理念的な認識に達し、自分自身を実現することができる。したがってそれは肉体が滅びても、普遍的理性として永遠に存在し続ける。

一方思考と感覚とがあるつながりを持っていることも、アリストテレスは否定しない。感覚はそれぞれ種類に応じて異なった感覚器官によって受容されるが、その各々が独立したままでは有意義な認識には結びつかない。たとえば目によって光や像を受容するが、それらがあるものの光であったり、ある特定のものの像であると認識するためには、視覚という個別の感覚を超えた概念的な作用の媒介が必要である。

同様に聴覚によって音を、臭覚によって匂いを感じ取るが、それが何の音で、何の匂いであるかは、当該の感覚のみのよっては知ることができない。人間がそれを特定のものとして認識できるのは、諸感覚が一つの中心点において結合し、もろもろの感覚をある特定のものの属性としてとらえなおす作用があるからだ。アリストテレスはこの中心点を共通感官と名付け、この共通感官を通じて個々の感覚が表象に変えられ、さらに思想に高まっていくのだとした。

このようにアリストテレスは理性のうちに、感覚と結びついた受動的部分をも認めた。アリストテレスが魂を白紙に比較しているのは、この受動的理性についてなのである。

しかし受動的理性と能動的理性との関係については、アリストテレスは深く踏み込んだ考察をしていない。アリストテレスにとっては、理性の本来の姿は能動的な理性なのであって、それは上述のように肉体とは外的にかかわるのみだから、肉体の感覚と結びついた受動的理性とは、内的かつ有機的関係を築くことはできないのである。

こうした制約があるにもかかわらず、アリストテレスの共通感官の着想とそれと結びついた共感覚論には、人間の認識作用に関する深い洞察が潜んでいる。

アリストテレスの共感覚論とは次のようなものである。我々人間の感覚には、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の五つのものがある。これらの感覚について、われわれは視覚内部での相違、たとえば赤や青や黒といった色彩相互の相違を感じ分けるとともに、視覚上の色と味覚上の甘さといった、異なった感覚にわたる相違についても感じ分けることができる。

感じわけることは、アリストテレスによれば判断以前のことである。だからそれも感覚能力の一部というべきであるが、しかし個別の感覚を超えたものである。アリストテレスはこれを共感覚と呼んだ。

また感覚はおのおの個別に感じ分けられるとともに、異なった感覚を横断しての感じ分けもなされる。たとえばバラの花について、我々は甘い匂いなどという。本来甘さ(味覚)と匂い(臭覚)とは異なった感覚なのであるが、それがバラの花というものにおいて結びつき、このような表現が生まれるのである。

このような表現が生まれるについては、比較や総合といった、判断の要素が入っていると思われるのであるが、アリストテレスはあくまでも共感覚という感覚のレベルでのことだとしている。それは個別の感覚を超えたものではあるが、判断作用を踏まえた概念的な認識ではなく、対象の感性的な受容なのである。

この共感覚の働きがあるからこそ、人間は個別の感覚を通じて対象を全体的に把握することができるようになる。たとえば花びらの形やその色、漂う匂い、手をさす棘の存在、これらはみな別個の感覚であるが、それがバラの花の中に結びついて、ひとつの全体的な対象把握が成立する。共感覚の作用がなければ、個々の感覚はばらばらに受け取られるだけで、そこには一本のばらというまとまりある表象は成立しないだろう。

このようにアリストテレスの共感覚は、個々の感覚から表象を経て概念的な知に至る認識の作用にとって、基礎的な役割を果たしている。しかもそれは判断にもとづいた概念的な作用ではなく、あくまでも感性的な働きであった。ここにアリストテレスの共感覚のユニークなところがある。

共感覚は対象の感性的かつ全体的な受容により世界の空間的な把握を可能にするとともに、時間把握の前提ともなる。アリストテレスによれば、現在に関するものが感覚であり、未来に関するものが期待であり、過去に関するものが記憶である。記憶を構成しているのは表象であるが、それは本来的には思考に属するものではなく、共感覚に属するものなのである。

人間は共感覚を通じて、現在の感覚と過去の記憶、そして未来への期待とを相互に関連付けることから時間の観念を獲得した。これがアリストテレスの共感覚論的時間論である。


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