ペストは人類の歴史上もっとも猛威をふるった疫病である。14世紀のヨーロッパでは数回にわたって大流行し、全人口の3分の1が死亡した。そのすさまじさのほどがわかるだろう。ひとびとはこの病気を恐怖して黒死病と呼んだ。それは黒い悪魔が運んできた病気とか、または患者が全身黒くなりながら死んでいったということに基づいている。
ペストはまず鼠族の間で流行し、鼠にとりついていたノミがペスト菌を運び、それが人間をさすことによって、人間に伝わる。いったん人間が発病すると、咳などを通じて他の人間にも伝染し、短期間に爆発的に広がることもある。その致死率は高く、かつては50-70パーセントにも達していた。
ペストは致死率が高いから、戦争の際の敵の攻撃手段としても使われたことがある。人類史上でもっとも古い生物化学兵器だったわけである。1340年代、モンゴルがクリミアを侵略した際、彼らはカッファの城内に、ペストで死んだ人間の遺体を投げ込んだという。
ペストとの闘いは19世紀いっぱい続けられ、20世紀には先進国で流行したことはなかった。だから今日、我々はペストを過去のものと考えがちであるが、ペスト菌がこの世からなくなったわけではない。場合によっては、いつ、どこで、再流行しても不思議ではないのである。
WHOは最近、ペストを再来しつつある疫病のカテゴリーに分類した。というのも、1990年代以降、インド、ザンビア、マダガスカル、アルジェリアなどで、小規模ながら流行が見られるようになったからだ。かつてペストといえば中央アジアが発信源であったが、今日ではアフリカに集中する傾向が見られるという。
何故現代の人間社会にペストがよみがえったのか。原因の一端は、人間と野生動物の相互関係の変化にありそうだ。
マダガスカルにおけるペストの状況を調査した研究グループによれば、かつては高地の森林地帯に限定されていたペストの発生が、1991年には海岸地帯でも発生した。また1998年には内陸の集落地帯において発生した。これらの背後には、当該地方におけるネズミの増大があった。それは森林伐採などによって、もともと高地に住んでいたネズミたちが行き場を失い、人里まで出てきた事の結果だと考えられている。
カザフスタンにおいても、1990年代に幾度かペストが発生したが、そのときには必ずネズミの数の増加という事態が伴っていた。ネズミの数が増えた背景には、暖かい冬という自然現象が伴っていた。
こうしてみると、ペスト菌は地球上様々な場所に潜伏し、なにかのきっかけで表面に出てくるのだと推測することが出来る。自然破壊や地球の温暖化が、こうしたきっかけの大きな要素になっているのだろう。
ところでペストは、かつてのように不治の病ではない。早期に手当てすれば、致死率は20-0パーセントまで低まる。
(参考)Return of the Plague By Laura Blue
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