ブッシュ政権が退場を目前に控え、これまで8年間にわたる自らの政権運営を総括したうえで、それがあらゆる意味で米国及び世界の利益にかなったものであったことを自画自賛し、世界中の顰蹙を買ったのはつい最近のことだ。
その自画自賛の中で、ブッシュが強調したのは二点。ひとつはテロとの戦いであり、もうひとつは世界を泥沼の恐慌から救ったということだ。
アメリカが深刻な金融危機に陥り、それがもとで世界中が1930年台以来の恐慌に陥りそうになったこと、あるいはいまでも陥りそうにあることはいうまでもない。何故こんなことが起こったのかについては、識者の間でさまざまな議論が重ねられている。
その議論を通じて大方の共通認識になっていることは、今回の金融危機の大きな原因がアメリカ政府の誤った舵取りにあったこと、それを先頭になって推進したのがブッシュとその一味であったということだろう。この見方にたてば、ブッシュは今回の金融危機に対して最大級の責任を負うべき立場にある。
それをブッシュは、危機の原因を棚上げにして、その火消しに躍起になったことだけを強調したわけだ。世界中のジャーナリストがブッシュの言い分を聞いて首をかしげたのには、十分な理由があるといわねばならない。
一方ブッシュがテロとの戦いに「敢然と」立ち上がったのは、9.11のテロがきっかけだった。このテロがブッシュの愛国心に火をつけた。以来ブッシュはアルカイーダとその背後にあるアフガニスタンに戦いを仕掛け、さらにイラクのフセイン政権撲滅に邁進した。
ブッシュのいうテロとの戦いは、米国のみならず世界中が反論できないものだった。だからこそ日本の政府もそれに協力することを拒むことはできなかった。
しかしブッシュの戦いには、何か人を尋常でない気分にさせるものがあった。それは犯罪者を取り締まるというプラグマティックな反応を超えて、宗教的な熱情を感じさせたのだ。
ブッシュはもともと信仰深いことで知られている。また若い頃にはアルコールの常習者であった。ブッシュは政治家としての道を開くためにアルコールを絶つ決意をしたが、その代償として信仰心をいっそう強めていったフシがある。
だから今回のテロとの戦いには、ブッシュ個人の宗教的な心性が反映しているのではないか、このような見方が世界中の人びとにささやかれるようになった。もしブッシュがもっと冷めた気分でいたら、根拠の乏しいイラク認識にしたがって、無謀な侵略などするはずがないと。
ブッシュはいまや四面楚歌の状態だ。誰も彼のやったことを評価してくれるものは無い。そのことが彼の心を痛く傷つけているようだ。
そんなわけからかどうか知らぬが、ブッシュは極秘裏にイラクに出かけていって、そこで自分のイラクとのかかわりを改めて弁明する気分になった。つまり自分はイラク人民と世界の平和のためを思ってフセインの排除に踏み切ったのであり、その結果イラクはアメリカに似た民主的な国になることができた。中にはいまだテロリストの仲間が残っていて、悪事を働いているが、それもアメリカの友情ある介入によって、やがて収まるだろうといいたかったのだろう。
ブッシュは事情をよく知らぬまま集められた大勢のジャーナリストを前に、持論を展開しようとした。すると、ジャーナリストの列の中からひとりの男が立ち上がって、いきなりブッシュめがけて靴を投げつけた。その時男は、「この犬め、お別れのキスだ」と叫んだそうだ。
一つ目の靴をブッシュは機敏にかわした。男はすかさずもう片方の靴も脱いでブッシュに投げつけたが、これも的をはずれた。
このジャーナリストは、カイロを本拠としている「バグダーディア」というテレビ局のレポーター、ムンタタル・アル・ザイディという男だ。通常こうした席でこのような蛮行を働けば、誰からも同情されない。しかし今のところザイディを強く非難するものは、イラク政府を含めていないらしい。
ブッシュ自身も、ことを荒立てるつもりはないといっているようだ。アラブ人にとって靴を投げるという行為は最大級の侮辱を意味するというから、ブッシュがどれほど事態の意味を悟った上で、鷹揚な姿勢をとっているのか、首をかしげる人も多いようだ。
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