勇猛果敢と獰猛無慈悲:ヘンリー五世

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味方の兵を鼓舞するときのヘンリー五世の言葉は、いまなおイギリス人の愛国心に訴えかける勇猛さにあふれているが、その言葉が敵に向けられるとき、勇猛さは獰猛さに変わる。勇猛果敢であることと獰猛無慈悲であることは人間の情熱の表裏をなしている、こうシェイクスピアは観客に訴えかけているようだ。

先行する劇「ジョン王」においては、アンジェーの町を陥落させようとするジョン王は市民の強烈な抵抗にあって手を焼く。そのとき苦肉の策として。フランス側と手を握り、共同してアンジェーを陥落させた。その際のイギリス王は、狡猾ななかにも人間らしさを感じさせた。背に腹が変えられぬ場合には、名誉より必要が優先するのだ。

ところがこの劇におけるイギリス王・ヘンリー五世は、何者をも恐れぬ猛々しい将軍として描かれている。彼は自分の行く手を阻むものをことごとく蹴散らして、目的を遂げようとする。ヘンリー五世にあっては、必要つまり欲望の充足は名誉とともに前進している。

ヘンリー五世がアルフルールの市民を脅かす言葉は、当時の観客にとっても衝撃的だったに違いない。というのも彼は自分の兵士たちをヘロデ王の殺し屋たちにたとえているからだ。ヘロデ王は予言の言葉に従って、キリストと同じときに生まれた子供たちを皆殺しにさせた。そうすることによって、将来自分にとって災いのもととなる子供を地上から抹殺することができると考えたからだ。

王の命を受けた兵士たちは、国中を隈なく家捜しして、生まれたばかりの幼児たちをことごとく殺しつくした。子を殺された母親たちは、絶望のあまりにもだえ苦しんだ。それと同じ目に、お前たちをあわせるぞ。

町の住人を脅迫するのに、これほど強烈な言い方はない。

  ヘンリー五世:それ故 アルフルールの男たちよ
   お前たちの町とそこに住む人々の命が大事なら
   我が兵士たちがわしの手に負える間に
   涼しく穏やかな慈悲の風が
   暗鬱でおぞましい雲を吹き払い
   殺人や略奪を遠ざけている間に 降伏するがよい
   さもないと きっと後悔することになるぞ
   血に飢えた兵士たちが野蛮な手で
   泣き叫ぶお前たちの娘らを陵辱し
   父親たちは白くなった髭をつかまれて
   頭を壁に打ち付けられ
   裸の幼な子たちは槍で串刺しにされ
   母親たちは苦悩のあまり泣き叫んで
   その声が雲をつんざくだろう ユダヤの女たちが
   ヘロデ王の殺し屋たちに泣き叫んだときのように
   さあよく考えろ 降伏するか それとも抵抗して
   むざむざと破滅するか そのどちらかを
  King Henry
   Therefore, you men of Harfleur,
   Take pity of your town and of your people,
   Whiles yet my soldiers are in my command;
   Whiles yet the cool and temperate wind of grace
   O'erblows the filthy and contagious clouds
   Of heady murder, spoil and villany.
   If not, why, in a moment look to see
   The blind and bloody soldier with foul hand
   Defile the locks of your shrill-shrieking daughters;
   Your fathers taken by the silver beards,
   And their most reverend heads dash'd to the walls,
   Your naked infants spitted upon pikes,
   Whiles the mad mothers with their howls confused
   Do break the clouds, as did the wives of Jewry
   At Herod's bloody-hunting slaughtermen.
   What say you? will you yield, and this avoid,
   Or, guilty in defence, be thus destroy'd?

アルフルールの市民たちは、ヘンリー五世が本気だということを知っている。もし抵抗したら、言っていることがそのまま実現されるだろう。だから彼らにとって生き残る道はひとつしかない。降伏するのみだ。市民にとっては、名誉なんかより命のほうが優先すべきなのは言うまでもない。名誉とは支配者たちの自己満足に過ぎないのだから。

  市長:わたしどもはいま あきらめることにしました
   というのも フランスの皇太子に援軍をお願いしたところ
   まだ戦いに備えるだけの準備ができていないという理由で
   断られたからです それ故 偉大なイギリスの王よ
   わたしどもはこの町と住民ともどもあなたの慈悲に服します
   さあ入城なされた上 よしなに処置されよ
   わたしどもはもはや抵抗いたしますまい
  Governor:Our expectation hath this day an end:
   The Dauphin, whom of succors we entreated,
   Returns us that his powers are yet not ready
   To raise so great a siege. Therefore, great king,
   We yield our town and lives to thy soft mercy.
   Enter our gates; dispose of us and ours;
   For we no longer are defensible.(Ⅲ.3)

こうしてあっさりとアルフルールを陥落させたヘンリー五世は、取り合えず獰猛な残酷さを発揮しないですんだ。だが彼は後の場面でその残酷さを発揮する。フランス軍との決戦にそなえて、足手まといになる捕虜たちを皆殺しにしてしまうのだ。


関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト





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このページは、が2009年12月14日 20:30に書いたブログ記事です。

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