大田南畝と鶉衣:横井也有の俳文集

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大田南畝が横井也有の俳文集「鶉衣」を刊行したのは、田沼時代が終わって松平定信が登場した頃、自らは狂歌の世界と手を切って謹厳実直な小役人の生活に閉じこもることを決意した頃であった。だからそれは南畝最後の遊び心のなせる業だったといってよい。前編三巻を天明七年に、後編三巻を翌年に、それぞれ蔦谷重三郎を通じて刊行した。

鶉衣を知るに至ったいきさつについては、南畝自身序文の中で次のように書いている。

「往にし安永の初め、隅田川の許長楽精舎に遊びて、也有翁の借物の辯を見侍りしが、余りに面白ければ写し帰り侍りき、夫より山鳥の尾張の国の人に逢ふ毎に此の事打ち出で問ひ侍りければ、金森桂五兎の裘にはあらぬ鶉衣と云へるもの二巻を持て来て見せ給へり、翁亡くなりぬと聞きて猶ほ馬相如が書き遺せる文もやあると床しがりしに、細井春幸天野布川に託して其の門人紀六林の写し置ける全本を贈れり、巻き返し見侍るに唐錦絶たまく惜しく、頓に梓の匠に命じて之を世上に晴衣とす」

この序文によれば、南畝は安永の初め頃たまたま立ち寄った長楽寺で也有の一文借物の辯を読んでいたく感心した。也有の俳文に己自身の狂歌に通ずるものを感じたからだろう。だが文の主横井也有は、俳諧の世界では多少知る人もあったろうが、殆ど無名に近い人物。しかも尾張藩の家臣として名古屋に暮らしている。会って話をしたり、その俳文の全体像に接しようとしてもかなわない。

南畝は機会をつかんでは、横井也有の消息を探ろうとしたらしい。そうするうちに、天明も終わり近くになって、やっとその著作に接することができた。そのとき也有はすでに死んでいたが、南畝はその著作の捨てがたいことを悟って、これを上梓することとした。南畝のこの努力によって、横井也有の俳文集鶉衣は、日本文芸史の一角に名をとどめることができたわけである。

横井也有は芭蕉没後八年たった元禄十五年に生まれた。文業の主なものは俳句だったというが、その頃の俳句界は低迷していて、也有はまともな師につくこともなく、無手勝流で楽しんだらしい。そのためか也有の俳句にはすぐれたものはない。

だが也有は俳文をよくした。これは俳諧の心持を文章に投じたもので、短文の中に軽妙洒脱な心意気を盛り込み、あたかも俳句を文章に引き伸ばしたようなものだった。

鶉衣に収録された俳文は、古いものは享保の頃にさかのぼるというから、也有は若い頃から俳文をたしなんでいたことがわかる。しかし本格的に書くようになるのは、正徳八年、五十三歳で隠居してからである。その後也有は八十過ぎまで生き延びて、天明三年に死んだ。

也有は俳諧の歴史の上では、与謝蕪村とほぼ同時代人といってよい。無論蕪村と同列に論じうるようなものではないが、鶉衣に収められた俳文は、也有一流の独特の境地に達しているといってよい。今日の読者といえども、そこに何がしかの俳諧味を感じ取る余地があるように思える。

俳文は、ほかのジャンルと違って、文芸史上に大きな流れとなることはなかった。むしろ横井也有という特異な人物の、孤立した営みだったというほうが的をえている。しかし鶉衣一篇は、その独特な雰囲気を以て、日本の文学史上特別の地位を与えられてしかるべき作品なのである。


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