杜甫の五言古詩「水會渡」(壺齋散人注)
山行有常程 山行 常程有り
中夜尚未安 中夜尚ほ未だ安んぜず
微月沒已久 微月沒して已に久し
崖傾路何難 崖傾いて路何ぞ難き
大江動我前 大江我が前に動き
洶若溟渤寬 洶として溟渤の寬なるが若し
蒿師暗理楫 蒿師暗に楫を理め
歌笑輕波瀾 歌笑して波瀾を輕んず
山行には決まった路程がある、夜中だからといって歩くのをやめるわけにはいかぬ、月はとっくに沈んだというのに、山道の何と険難なことか
大江が目の前に現れ、滔々と流れる、船頭が暗闇の中で船を操り、舟歌を歌いながら波を越えて行く
霜濃木石滑 霜濃やかに木石滑らかに
風急手足寒 風急にして手足寒し
入舟已千憂 舟に入れば已に千憂
陟巘仍萬盤 巘に陟れば仍ち萬盤
回眺積水外 回眺す積水の外
始知眾星幹 始めて知る衆星の幹
遠遊令人瘦 遠遊は人をして瘦せしむ
衰疾慚加餐 衰疾加餐に慚ず
霜が下りて木石を滑らかにし、風が強く吹いて手足が寒くなる、船に乗ったときから憂いに包まれたが、船を下りればいよいよ険しい山道が待っている
頭を回らして夜空を見上げれば、おびただしい星が散らばっている、遠遊のためにすっかり痩せてしまった、こう衰えては飯を食ってもなかなか元気にはなれぬ
同谷をたって成都へ向かった杜甫の家族の前には500キロの長大な道のりが待っていた。しかもその大部分は蜀の難道として知られる天下の険ともいうべき難所だ。そこを杜甫は小さな子供を含めた家族をつれて超えていかねばならない。
この道中でも杜甫は紀行の記録として十二首の詩を書いている。それらは秦州から同谷へいたる途中で書かれた詩に比べて、さらに凄惨な感情に彩られている。果てのない流浪が、杜甫に限りない疲労と悲哀をもたらしているのだ。
水會渡と題したこの詩は、船で嘉陵江を渡ったときのことを描いている。同谷から蜀への道はまずこの嘉陵江に沿っての道だった。
関連サイト: 杜甫:漢詩の注釈と解説
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