アーデンの森に住む羊飼いの男女、シルヴィウスとフィービーの物語は、「お気に召すまま」という劇のサブ・プロットとして、劇の進行にちょっとした色彩感を付与している。彼らも最後にはめでたく結ばれ、結婚の祝祭劇としてのこの喜劇を守り立てる役割を果たすのだ。
この二人の関係は、シルヴィウスのフィービーに対する一方的な片思いとして始まる。フィービーはそれに答えようとしないばかりか、男装したロザリンドつまりガニメードに夢中になる。
フィービーへのシルヴィウスの気持ちは純粋そのものだ。彼はただただフィービーの気を引こうとして、あちこちをうろつきまわる。そんな姿を羊飼いの仲間コリンがからかうと、シルヴィウスは夢中になって反論する。
シルヴィウス:そんならあんたは本当に恋をしたことがないんだ
激情に駆られて馬鹿なことのひとつも
したことがないんだっていうんなら
あんたは恋をしたことがないんだ
いまの俺みたいに座り込んで
恋人ののろけで聞いてる者をうんざりさせたことがないんだったら
あんたは恋をしたことがないんだ
恋人の面影にひたるあまり
ひとりぽっちになりたいと思ったことがないんだったら
あんたは恋をしたことがないんだ
オー フィービー フィービー フィービー(第二幕第四場)
SILVIUS:O, thou didst then ne'er love so heartily!
If thou remember'st not the slightest folly
That ever love did make thee run into,
Thou hast not loved:
Or if thou hast not sat as I do now,
Wearying thy hearer in thy mistress' praise,
Thou hast not loved:
Or if thou hast not broke from company
Abruptly, as my passion now makes me,
Thou hast not loved.
O Phebe, Phebe, Phebe!
恋をしたことがないものに、恋の痛みはわからないという、その言葉には真実がこもっている。
そんなシルヴィウスにロザリンドは同情する。恋をしている身として、恋をしているものの気持ちは痛いほどよくわかるからだ。
見ればシルヴィウスはそれなりの好男子だ。女が惚れてもおかしくない顔つきだ。一方フィービーといえばどう見ても不細工な女だ。まともな男なら決して惚れることのない顔だ。そんな女になぜシルヴィウスが夢中になるのかロザリンドにはわからない。少なくともシルヴィウスのような変わり者でなければ、フィービーに惚れる男がいないだろうことは確かだ。だから自分をよくわきまえて、この幸福なプロポーズを受け入れよ、そうロザリンドはフィービーに忠告する。
ロザリンド:お前のほうがこの女より千倍もいい顔をしているぞ
だいたいお前のようなものがいるから
世の中には不細工な子どもばかりが生まれるのだ
この女が自分を綺麗だと自惚れるのは
鏡を見てではなく お前のお世辞がそう仕向けるのだ
フィービー お前も自分自身を知れ
膝まづいて男に惚れられたことを感謝しろ
親切心からいっておくが
買い手があるうちに自分を売ることだ
この男に感謝し この男を愛し プロポーズを受け入れろ
醜いくせに人を侮ると ますます醜くなるぞ(第三幕第五場)
ROSALIND:You are a thousand times a properer man
Than she a woman: 'tis such fools as you
That makes the world full of ill-favour'd children:
'Tis not her glass, but you, that flatters her;
And out of you she sees herself more proper
Than any of her lineaments can show her.
But, mistress, know yourself: down on your knees,
And thank heaven, fasting, for a good man's love:
For I must tell you friendly in your ear,
Sell when you can: you are not for all markets:
Cry the man mercy; love him; take his offer:
Foul is most foul, being foul to be a scoffer.
だがフィービーのほうはガニメードに夢中になっている。ガニメードが自分をあきらめさせようとして、フィービーに悪質な嫌がらせを言っても、彼女の愛は冷めない。それどころかますますガニメードへの思いはつのるばかり。
こうしてシルヴィウスはフィービーを愛し、フィーヴィーはガニメードを愛し、男としてはガニメードである女のロザリンドはオーランドを愛するという、複雑な関係が生ずる。
フィービー:羊飼いさん この若者に恋とはどんなものか教えてあげて
シルヴィウス:恋とはため息と涙でできているもの
そうなんだ おれはフィービーに首ったけ
フィービー:あたしはガニメードに首ったけ
オーランド:ぼくはロザリンドに首ったけ
ロザリンド:わたしが首ったけなのは女でないもの
シルヴィウス:恋とは真心と奉仕でできているもの
そうなんだ 俺はフィービーに首ったけ
フィービー:あたしはガニメードに首ったけ
オーランド:ぼくはロザリンドに首ったけ
ロザリンド:わたしが首ったけなのは女でないもの
シルヴィウス:恋とは勝手な想像でできているもの
恋とは情熱や願いでできているもの
恋とは崇拝や忠誠や献身でできているもの
恋とは謙虚さや忍耐や焦りでできているもの
恋とは純潔や試練や従順でできているもの
そうなんだ 俺はフィービーに首ったけ(第五幕第二場)
PHEBE:Good shepherd, tell this youth what 'tis to love.
SILVIUS:It is to be all made of sighs and tears;
And so am I for Phebe.
PHEBE:And I for Ganymede.
ORLANDO:And I for Rosalind.
ROSALIND:And I for no woman.
SILVIUS:It is to be all made of faith and service;
And so am I for Phebe.
PHEBE:And I for Ganymede.
ORLANDO:And I for Rosalind.
ROSALIND:And I for no woman.
SILVIUS:It is to be all made of fantasy,
All made of passion and all made of wishes,
All adoration, duty, and observance,
All humbleness, all patience and impatience,
All purity, all trial, all observance;
And so am I for Phebe.
ロザリンドはフィービーをなだめるために、自分がもしお前と結婚するに相応しいものであったら結婚してやろう、しかしそうでないことが明らかになったら、自分への恋をあきらめて、シルヴィウスを受け入れろと忠告する。
最後の場面でロザリンドは自分が女であることを、みんなの目の前で示す。そこで眼の覚めたフィービーはついにシルヴィウスの胸に抱かれることになる。
フィービーの誤解に基づく恋は、ロザリンドの両性具有的性格をことさらにひきたてるために、シェイクスピアがわざわざ仕込んだ仕掛けであるということができるかもしれない。
関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト