詩集「天」のあとがき「天に就いて」の中で、草野心平は次のように書いている。「私がいままで書いた作品の約70パーセントに天が出てくる。或ひは空とか星雲とか天体の様々な現象が。」
続けて次のようにも書いている。「雲の動きほど時間を意識させるものはない。時空混交の場としての天、それを背景にして、これらの作品は或る程度成り立ってゐるやうに思はれる。けれども天をじかの対象とすることは私には重過ぎることだ。だから天といふ題名を持ってきたことについては一人の方の私はもう一人の方の私をさげすんでもゐる。」
こう書いたように、天は草野にとってインスピレーションのもっとも大きな源泉となった。そんな天を草野は直接に書くことはしない。それは視界を区切る空であったり、そこに浮かんだ雲であったり、自分に吹き付ける風であったり、また夜の闇の広がりであったりする。
詩集天はそんな天の諸相について、様々な角度から歌ったものだ。なかでも筆者名好きなものは「夜の天」と題する一篇である。
夜の天
天は
螺鈿の青ガラス
しらくもの川。金平糖の星星は。
虹のやうないくつもの層をくぐれば。
ずんずんずんずん
火を噴くひまわり。
とろけるザボン。
渦巻きまわるかたつむり。
地にふれる空気天からはじまって太陽の熱や億万馬力。宇宙の場から生きるエネルギーはなだれてくる。人間よ普遍であれと祈るやうなその普遍。
実在はしかし。
涯なく暗く。
天までつづく田ん圃によどむ天を踏み。
きらめく螺鈿の下。
をゆく。
天にも隙間がある。実在はその隙間に浮かんだしみのようなものだ。だがそれはたしかな命を感じさせる。その隙間こそ草野にとって、天と人間とが出会う場所だ。
関連サイト: 草野心平:詩の鑑賞
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