神田須田町界隈は先の大戦で戦災を免れたこともあって、古い建物がいくつか残っていて、東京都の建築遺産に指定されているものもある。あんこう鍋を食わせる店として知られている伊勢源の建物もそのうちの一つだ。筆者はこの建物を数年前にスケッチしたことがあったが、改めて水彩で描きなおしてみた。
以下の文章は、もともとのスケッチの際に、添え書きとして書いたものだ。
「神田須田町は靖国通りの広い道によって南北に分断されている。交通博物館裏手にあたる北側の街には、木造の建物が点々と建っていて、古い時代の面影をわずかに今に伝えている。一軒一軒を覗いて歩くと、そば屋あり、鍋料理屋あり、甘味処ありで、食道楽の間では、なかなかに評判の一角なる由。このあたりは戦災に会わずに済んだところなので、これらの建物には大正末から昭和初期に建ったものが含まれているのである。
「絵にある建物はあんこう鍋を商う伊勢源という店。天保年間に創業した古い店だそうで、建物も昭和七年築の年季の入ったもの。近くにあるぼたんという鳥鍋屋の建物とともに、都の史跡指定を受けている由である。塀を設けず道に沿ってすっくと立っているので、建物の形がよく見分けられる。東京の古い料理屋には珍しいたたづまいである。
「折から真夏の暑い昼下がりで、とても鍋を食いに入ろうという気にはなれなかったが、そのうち友人と誘い合って入ってみようかと思っている。人の話によれば、なかなか小粋な客あしらいをするそうである。」
筆者はいまだにこの店であんこう鍋を食う機会に恵まれていない。
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