TPPは無条件にいいことか:読売社説のナンセンス

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9月6日付の読売新聞の社説を読んで、いささかあきれ返った。天下の大新聞の、しかも社説を標榜する主張が、道化のたわごとのように聞こえたからだ。

社説のテーマは「TPP 交渉のテーブルに早く着け」というもので、次のような調子で始まる。

「通商政策の出遅れを挽回するために、日本に残された時間は少ない。野田政権は、米国や豪州、シンガポールなど9か国が交渉中の環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を決断すべきである。」

なぜこんな主張をするのか。それはこの制度が「鉱工業品、農産物、サービスなどの幅広い分野で貿易自由化を進め、自由貿易圏を形成する構想」であり、「モノの関税を原則として10年以内に撤廃する内容とされ、アジア太平洋地域の新たな貿易や投資ルールとなる可能性が」高く、「米オバマ政権は、11月にハワイで開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)の時に大筋合意しようと、交渉を加速させている」から、もう悠然とかまえている場合ではないからだ。

ところが、「野田首相は<全世界との経済連携>の重要性を強調しながらも、TPPについては、<しっかり情報収集し、早期に結論を得たい>と述べるにとどまって」おり、「産業界の活性化を目指すべき鉢呂経済産業相は、<関税ゼロと農業再生の両立は難しい問題>などと腰が定まら」ず、「再任された鹿野農相は、<交渉参加の時期は総合的に判断する>と相変わらず慎重だ。」これではTPPへの日本の参加がどうなるか危ぶまれる。「危機感が薄いのではないか。」そこで「TPP推進派である前原政調会長の発言力に期待したい。」ということになる。

これだけの文章から伝わってくるのは、どうやら読売の社説は、TPPが無条件にいいことで、それに参加しようとしない政治家は、野田首相や鉢呂経済産業相を含めてばか者だということらしい。

しかし何故TPPがそんなにもいいことなのか、そしてそれに参加しないことが日本にとって何故致命的な打撃になるのか、その肝心のことは、読売の主張からは見えてこない。読売が言っていることは、ただTPPに急いで加われということだけだ。

野田政権がTPPへの参加に二の足を踏んでいるのは、それのもたらすマイナス効果にどう対応するかが、明確になっていないからだ。このままTPPに参加すれば、農林漁業が致命的な打撃を受け、食糧安保が崩壊する、労働市場が自由化される結果大量の外国人労働者が流れ込む恐れもある。こうした事態に対して、日本政府はまだ何らの準備も行っていない。そんなところに完全な貿易自由化措置を取り入れたらどんなことになるか、子どもでもわかることだ。

子どもでもわからからといって、そんなに簡単なことだとはならない。子どもでも分かることだからこそ、政府は十分な準備措置をとって、国民に丁寧に説明し、国民の理解を得る必要がある。その上で、日本を自由貿易の方向へ向けていけばよい。

ところが読売の記事は、悠長に構えている暇はないから、とにかくTPPという船に乗れと叫んでいるだけだ。それのもたらすマイナス効果をどうするかなど、頭の中にはないらしい。

農林業への打撃を抑える手立てとしては、菅政権のもとでも、農家への所得保障というような形で考えられてはいた。農業を自由化すようとするからには、そうした政策と抱き合わせることで、農業への展望を暗いものにしないことが必要なのだ。

ところが読売は、「政府は8月、農地の大規模化などを盛り込んだ農業再生の中間提言をまとめた。提言に沿い、野田政権は、貿易自由化に対応できる農業の競争力強化策を打ち出すことが肝要である。」などといって、平然としている始末だ。

これは農業も自由化に耐えるように自分で努力しろといっているのと同じだ。つまり農民は他人様だよりにするのではなく、自分で国際競争に耐えられるようにすべきだ。彼らがそれに失敗して没落しようが、将来をはかなんで首を吊ろうが、そんなことは知ったことではない。

これからの日本にとっては、農業を犠牲にしてでも自由貿易を推進していくメリットのほうが大きい。TPPは無条件にいいことなのだ。

どうも読売の社説の本意は、こういうことなのかもしれない。そうでないというなら、それは天下の公器たる立場を忘れた妄言といわねばならぬ。でなければ道化のたわごととというべきだ。

また、TPPが環太平洋圏において、ほかに選択肢のない必然的な流れかというと、決してそうではない。中国や韓国はこの協議に入っていないし、韓国はTPPではなく、二国間のFTAを拡大することで、自由貿易のメリットと農業保護などを両立させようとする方向をとっている。実際アメリカとの間で、つい最近FTAを成立させたばかりだ。アメリカもTPPオンリーというわけではないのだ。

日本にとってTPPだけが選択肢ということにはならない。読売のようにこれだけにしがみつくのは、ナンセンスだ。





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このページは、が2011年9月 8日 20:07に書いたブログ記事です。

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