ベッド・トリック(Bed Trick)と云うのは、相手を欺いて、期待していたのとは違う人にベッドの相手をさせることを云う。「尺には尺を」という劇には、「終わりよければ」と同じく、このベッド・トリックが仕組まれて、劇の進行に重大な役割を果たすことになる。
「終わりよければ」の場合には、主人公のヘレナが、自分を嫌って逃げ回る夫との間でセックスをするチャンスとして、このトリックを使う。
夫のバートラムが旅先のイタリアでダイアナと云う娘に惚れ込み、やっと逢引の約束を取り付けるが、それを聞いたヘレナは、ダイアナの身代わりになって夫を迎え、夫が気が付かないことをいいことに、夫とセックスするのだ。
「尺には尺を」にあっては、主人公のイザベラがアンジェロとの逢引に際して、マリアナを身代わりにする。マリアナはアンジェロと婚約していたにかかわらず、持参金が亡くなったことが理由で、冷たく捨てられた女なのだ。その女を自分の身代わりにして、アンジェロと逢引させる。そうすればアンジェロはマリアナとの婚約を履行せざるをえなくなるだろう。
そのお膳だては坊主に身をやつした公爵がする。アンジェロのあまりにもひどい仕打ちに腹を立てた公爵は、マリアナとのセックスを仕組むことによって、クローディオと同じ過ちをさせたという境遇にアンジェロを追い込み、それによってクローディオを苦境から救い出したり、マリアナに正当な身分を回復させられる、そう考えたわけだ。
公爵:この気の毒な娘にあなたの身代わりになってもらおう、
後日このあいびきの真実が明らかになれば
あの男に償いをさせることができよう
それによってあなたの兄君は救われ
あなたの名誉は守られ
かわいそうなマリアナは有利な計らいを受け
あの不埒な公爵代理は成敗されよう
DUKE VINCENTIO:we shall advise this wronged maid to stead up
your appointment, go in your place; if the encounter
acknowledge itself hereafter, it may compel him to
her recompense: and here, by this, is your brother
saved, your honour untainted, the poor Mariana
advantaged, and the corrupt deputy scaled.(3.1)
こうして何も知らないアンジェロは、てっきりイザベルだと思ってマリアナを抱くのだ。
公爵は後日、自分本来の姿になると、マリアナに声をかける。それは、マリアナが晴れてアンジェロと夫婦の契りを交わすことができたのかどうか、確かめるための質問だ
公爵:なんと お前は結婚しているのか?
マリアナ:いいえ 殿様
公爵:では処女か?
マリアナ:いいえ 殿様
公爵:それでは後家か?
マリアナ:それでもありません
公爵:どれでもないだと?
処女でもなければ後家でもなく また妻でもないと
ルーシオ:旦那 尻軽女なんですよ
尻軽女は処女でもなく後家でもなく妻でもないですわ
マリアナ:お殿様 誓って私は結婚しておりませんが
といって処女でもありません
私には夫がいるのですが
その夫が私のことを知らないでいるのです
ルーシオ:きっと酔っ払いなんですよ
DUKE VINCENTIO:What, are you married?
MARIANA:No, my lord.
DUKE VINCENTIO:Are you a maid?
MARIANA:No, my lord.
DUKE VINCENTIO:A widow, then?
MARIANA:Neither, my lord.
DUKE VINCENTIO:Why, you are nothing then: neither maid,
widow, nor wife?
LUCIO:My lord, she may be a punk; for many of them are
neither maid, widow, nor wife.
MARIANA:My lord; I do confess I ne'er was married;
And I confess besides I am no maid:
I have known my husband; yet my husband
Knows not that ever he knew me.
LUCIO:He was drunk then, my lord:(5.1)
こうしてマリアナは晴れてアンジェロの妻になることができるのだ。アンジェロは本来イザベルと結婚したかったはずなのだが、思いがけずというか、運命の計らいによってマリアナとの結婚を成就することとなる。一方イザベルのほうは、公爵から求婚されるようになろう。
関連サイト: シェイクスピア劇のハイライト
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