スターリンの亡霊:David Satter の近著から

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20世紀が暴力の世紀だったとすれば、ヒットラーとスターリンはその暴力を一身に体現した独裁者だった。彼らのやったことは桁外れだった。ヒットラーは特異な人種差別哲学に基づいて何百万人ものユダヤ人を殲滅したほか、ロシア人をはじめヒットラーが生きる価値のない野蛮人だと考えた人々を殺戮しつくした。これに対してスターリンは、自分の権力を維持するという目的から2000万人をこえる同国人を粛清と称して殺害した。この二人の個人的な野望を満たすために、膨大な数の人々が犠牲になったわけだ。

何故ヒットラーのような人間が現れて、世界史上例のない残虐性を発揮できたのか、この深い問題意識は、戦後世界中の学者たちによって共有され、ほかならぬドイツ人自身が深い反省と分析を行ってきた。過去を正しく理解しなければ、未来に向かって確固とした一歩を踏み出すことはできない、そういう信念が働いたのだ。

ところがスターリンに関しては、これまでにロシア人自身による徹底的な分析と反省が行われたことはなかった。それはなぜか。David Satter の近著 It Was a Long Time Ago, and It Never Happened Anyway は、今日のロシアがかかえる歴史認識をめぐる問題点について、鋭い考察を展開している。

ヒットラーの場合と異なって、スターリンはロシア人にとっては、マイナス・イメージだけではなくプラス・イメージとも結びついている。第二次世界大戦に勝利したことと、世界で初めて人工衛星を飛ばしたことだ。だからスターリンに大規模な粛清に対する責任を取らせようとすることは、ロシア人にとっての誇りであるこれらの出来事を導いた指導者としてのスターリンを貶めることになるのだ。

それ故プーチンはスターリンについて語る時には慎重になる。彼はなるべく過去に触れないようにしながら、ロシアの未来のためにスターリンがもたらしたプレゼントについてだけ語るようにする。スターリンは何はともあれ、ソ連の偉大な指導者として、ソ連を大祖国戦争の勝利と科学的な成功へと導いた偉大な人物なのだ。プーチンはいつもこういうのだ。

それにプーチンの統治スタイルはスターリンのやり方とよく似ている。プーチンは西洋流の民主主義を信じていない。国民は自立した個人の集合ではなく、プーチンが注意深く導かなければ破滅するほかはない哀れな家畜と同じなのだ。

ロシア人はエリツィンが権力を握っていたある時期、西洋流の民主主義と自由市場経済に接近した時期もあった。だがプーチンが権力を握るようになってからは、民主主義は骨抜きにされ、自由市場型経済の理念は国家独占型経済へと変質した。

これは、ほかならぬプーチン自身がロシアの民衆の利益を慮ってしていることなのだ。スターリンのしたことも、ロシア人の利益のためにしたことだったという意味ではプーチンのやっていることと変わりはない。つまり、スターリンのやったことも、プーチンが今していることも、ロシアの民衆にとって頼りがいのあるやり方なのだという点では、共通するところがある。そうプーチンは思うのだ。

ロシア人は過去の事には興味を持たない。彼らにとってはいまが快適であることが重要なのだ。こういうのはロシアの政治学者ヴィヤチェスラフ・ニコーノフだ。過去に首を突っ込みたがる奴は、地面に足がついていないのだ。

しかし冒頭にも述べたとおり、過去の清算ができないものは、未来を確固たるものにはできない。ロシア人が過去に向き合うことは、ロシアの民主主義にとって不可欠なことだ。ロシア人が自分たちの過去を正確に理解しない限り、ロシアに民主主義は訪れない。

勿論プーチンにとっては、民主主義など馬鹿げたお題目だろう。しかし先進国の国民たちはそうは思っていない。ロシアが先進国の仲間入りをするためには、ロシアに民主主義を確立することが前提だ。全体主義的な政治システムを維持したままでは、政治的にも経済的にも二流国家であることから抜け出せない。このことをプーチンは理解すべきだ。

著者のデヴィッド・サッターは、こう結んでいる。





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このページは、が2011年12月23日 19:58に書いたブログ記事です。

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