金正日の死に伴って北朝鮮の情勢が一気に流動化することが懸念されているが、いまのところ政権が不安定化したり、社会的な混乱が起きたりと云った事態は認められていない。金正日の葬儀も、計画的に実施されていきそうだ。こんなところから、キムジョンウンの権力基盤が意外と強固なものとなっているのではないかとの憶測もとびかっている。
キムジョンウンの権力基盤を占ううえでもっとも重要なのは軍の支持だ。今のところ軍はキムジョウンを金正日の後継者として受け入れているようだ。その強力な裏付けとして、キムジョンウンが陸軍大将の肩書で出した全軍への命令が、混乱なく受容されたらしいことがあげられる。
だが、キムジョンウンが軍を完全に掌握しているかどうかは微妙なところらしい。キムジョンウンは軍人としてのキャリアを一切積んでいないうちに、いきなり大将に昇格し、中央軍事委員会の副委員長ポストにもついたが、そのことを不愉快に思っている将軍は少なからずいるという。
軍がとりあえずキムジョンウンを受け入れたのは、北朝鮮の中で確立された軍事優先共同体ともいうべきものを維持していくうえで、担ぐべき神輿を必要としているからであり、その神輿としていまのところキムジョンウン以外に適当なものがいないという事情に基づいている。
金正日の先軍主義のもとで、軍は北朝鮮の特別な集団にのし上がってきた。いまや現役軍人が120万人、予備役が数百万人といわれるように、北朝鮮最大の集団となっている。なにしろ労働人口の20パーセントが現役軍人だという、極端な軍事主義国家になってしまっているのが、今日の北朝鮮だ。
軍は利益共同体であるとともに、強烈な圧力集団でもある。金正日体制の下では、何から何まで軍の都合が優先してきた。国民の大多数が飢えているときでも軍人には食料が行き届き、高級軍人の子弟は、国立大学の中でも労働義務のない特権的な学校に行くこともできるといった具合に、極端なクレプトクラシーが横行しているといわれる。
将軍たちは、こうした自分たちの特権を認めてくれる人物なら受け入れる用意がある、ということだろう。
キムジョンウンは金正日の息子として父親の威光に頼らざるを得ない立場に、まだ置かれていると思われる。その威光が最も発揮されるのは軍との関係においてだ。だが軍が彼を金正日の後継者として自分たちの代表に担ぐのは、あくまでもキムジョンウンが金正日の先軍主義を引き継ぎ、将軍たちの既得権を冒さないと約束する限りにおいてだ。
それ故、当分の間は、軍によるキムジョンウンの見定めの期間となるだろう。将軍たちは様々な機会をとらえて、キムジョンウンに先軍主義の政策の実行を迫るだろう。その過程で、キムジョンウンと軍との間に溝が生じないとも限らない。
しかしキムジョンウンが将軍たちの要求を全面的に取り入れることは、北朝鮮の未来にとっては痛恨の種となるだろう。(写真はロイターから)
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