あひるの新年会を催した。場所は西新宿ヨドバシカメラ本店隣りにある漁船水産「三代目網元」という居酒屋。約束の時間より十五分ほど前に店につくと、既におーさんあひるが来ていた。静ちゃんあひるの名前で案内を乞う、その名前では予約は入っていないという。仕方なく彼女の来るのを待っていると、みーさんあひるに続いて、よこちゃんあひるといまちゃんあひるを従えた静ちゃんあひるがやってきた。筆者らから事情を聴いた静ちゃんあひるは、俄然店員を捕まえて叱責し、その剣幕で一同は奥まった部屋に通された次第だ。
初めて見る店だけど最近できたのかい、と筆者が問う。以前は庄屋が入っていたのだけれど、それがつぶれてこの店が入ったのはつい最近のこと、わたしはもう何度か利用したことがあるわ、と静ちゃんあひるがいかにも宴会馴れしているといった風情で答えた。
生ビールで乾杯をし、互いの近況を話し合っているうち、少尉あひるも加わった。少尉は最近西武新宿線の沿線に就職先を見つけたそうだ。どうやら土地の鑑定に関連した仕事らしい。
網元と称するだけあって、刺身は生きがいい。そいつをつつきながら、生ビールから熱燗に切り替える。今日に限って半額割引サービスがあるそうだ。だからといって飲み過ぎてはいけない。適度に飲みながら会話を楽しむ。それが大人のたしなみというものだ。
昨年の暮に、中国江南地方とソウルにそれぞれ旅したけれど、江南の旅は非常に快適で楽しかった、それに比べてソウルの方はいまいちだったね。まずホテルが安っぽかった。ホテルと云うよりはワンルームマンションと云った方がいいかもね、朝飯もつかない、ただ寝るだけの場所と云った感じだ、もっとも我々にはたいした苦にはならなかったけれど、と筆者が言うと、値段相応と考えれば腹もたたないでしょう、とおーさんあひるがいう。
マンションの部屋といえば、湯布院の時のことが思い出されるな、と誰が言うともなく昔の九州旅行の思い出がまたもや話題になった。湯布院で泊まったホテルは旅館街のはずれの小高い丘の上に立っていて、外観から部屋の作りまで、ホテルのイメージとはかけ離れていた。どうやらリゾートマンションとして作ったものをホテルに転用した風なのだ。だから2DKの部屋はついていても、温泉施設はついていない。折角遠い道のりを名高い温泉までやってきたというのに。
我々は畑の中の道を5分ばかり歩いて、ほったて小屋のようなところに入った。その小屋の奥に粗末な浴槽が用意されていたというわけである。いまちゃんあひるなどは道を間違えて小屋ならぬ民家に入り込み、折から食事中の家族と鉢合わせをし、大慌てをしたくらいだ。
こんなことを思い出してひとしきり腹を抱えて笑う、というのがその体験を共有したもののご挨拶なのだ。
筆者らがソウルに旅行していたのと丁度同じ時期に、静ちゃんあひるは例の謡の仲間たちと台北にいったそうだ。三泊四日の大名旅行でひとりあたり23万円もかかったそうだ。随分高いなあというと、できたばかりの加賀屋に泊ったのよ、サービス満点だったから別に高いとは思わなかったわ、と涼しい顔。うらやましい限りだ。
謡の仲間もすっかり高齢化した、あいかわらず若い人が入ってこないので、致し方がない。最近は職場の厚生施設を使うのが難しくなって、師匠の家で稽古をすることが多くなった。3月には蔵前の能舞台で例会を行うので、あなたも是非いらっしゃいよ、と静ちゃんあひるに勧められる。謡の稽古をやめてからもう13年にもなる。
謡の仲間の話題が出たついでに、旧知の連中の話題になった。もうすっかり年を取って、世間から引っ込んでいる者もあれば、少尉のように逞しく仕事をしている者もいる。あひるの他の仲間はそれぞれに堅実に暮らしているようだ。
ところで今年はかねての合意どおり熊野古道に行きましょう、ということで一致した。あまり無理して歩かなくてもいいようなコースを考えてみましょう、と静ちゃんあひるがいう。どうやら彼女が幹事役を引き受けてくれるらしい。季節は5月の連休が終わった若葉の頃がいいわね、二泊三日なら、白浜から本宮を通って伊勢の方に抜けるルートがいいわ。もし三泊するなら、お伊勢さんか高野山のどちらかに寄りましょう。
うん、それがいい。もし高野山に参ったなら、みんなで「ナムハンニャーダラニー」と大音声をあげよう。
今年はみーさんあひるも一緒に行きましょうよ、と静ちゃんあひるが水を向ける。みーさんあひるはこの数年家庭の都合で家を空けられないといって、旅行を共にしたことがなかった。今年はなんとか都合をつけて、一緒に行きましょうよ。たまには息抜きをしないと、生きてる甲斐がないわよ。
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