最高賃金という概念

| トラックバック(0)

雑誌「世界」の最新号(5月号)に、サム・ピジガティ氏がル・モンド・ディプロマティックに寄稿した「最高賃金という概念」の日本語訳が乗っている。(橋本一径訳)

昨年(2011年)の暮にアメリカの諸都市で広がった「ウォール・ストリートを占拠せよ」運動の中で、一部の活動家によって主張されたこの概念は、アメリカの歴史に深く根ざしている概念だという。

最初にこの考えを主張したのは20世紀初頭に活躍した哲学者フェリックス・アドラーだ。彼は労働者の犠牲において蓄えられた少数者の莫大な富がアメリカを腐敗させているとして、彼らの所得がある限度をこえたら、100パーセントに達するような極めて累進的な税率を課すべきだとした。

この考え方は高い累進税率によって、人々の間の格差を埋めようとする政策として、アメリカの歴史の中で度々採用されてきた。その背後には、所得の再分配とならんで、「もし国が一般的な利害を満たすために人の命を徴用できるとするなら、同じ理由で誰かの財産を徴用することもできて当然である」という、国家観も作用していた。

歴史の波をみると、第一次大戦終了直後の1928年には77パーセントの最高税率を記録したが、これは戦争遂行の費用負担を国民の義務としたことのあらわれだった。1942年以降の20年間は、90パーセント以上の最高税率が適用されたが、それは前半では第二次世界大戦の遂行のための費用、それ以降は広く所得を再分配することで、格差の解消と安定した中産階級の形成を目指したことのあらわれだった。

この最高税率は、ジョンソン大統領の時代に70パーセントまで低下したが、レーガン大統領の時代になるとさらに落下し、1988年には28パーセントになった。レーガンの減税政策がおもに金持ち優遇だと評される所以だ。

しかも問題なのは、金持の税負担は実際にはもっと低くなる傾向がある。それは彼らが申告する所得の大部分が株や債券などの売買からえられるキャピタルゲインであるためで、それらの所得は分離課税によって最大15パーセントしか課税されないのだ。この結果2008年における上位400人の金持ちの税負担は18.1パーセントであったということになる。

同じようなことは日本でも起きている。1986年までの日本の最高税率は70パーセントであったが、いったん37パーセントまで下がり。2007年以降現在までは40パーセント(1800万円以上)となっている。それに対して実際の所得税負担率は、所得が1~2億円の納税者(26.5%)がピークになっている。それ以上の高額納税者は逆に下がり、所得100億円以上では14.2%となっている。キャピタルゲインの分離課税による効果である。

つまり一方では格差が拡大して金持ちに富が集中しながら、他方では金持ちの税負担は相対的に低くなっているのである。

こうした動向を前に、一部の学者のなかでは、最高賃金の概念を導入して、最低賃金の一定倍数以上の所得を得ている者には、その超過分に100パーセント近い税率を適用して、それを社会に還元させるべきだという議論が起きている。

イエール大学のイアン・エバーズとバークリーのアーロン・エドリンは、ニューヨーク・タイムズ紙上で、最も豊かな1パーセントのアメリカ人の所得を、国民全体の平均所得の36倍に制限すべきだという提案を行った。

もっともこういった提案が採用される見込みはほとんどない。日本の場合でも、政府は財政赤字の尻拭いを、金持ちに協力させるというやり方ではなく、消費税を通じて一般国民に広く分担させようとしている。





≪ 株価と金融バブル | 経済学と世界経済 | クルーグマン教授の経済入門 ≫

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://blog.hix05.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/3941



アーカイブ

Powered by Movable Type 4.24-ja

本日
昨日

この記事について

このページは、が2012年4月 8日 19:06に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「船橋長津川調整池の桜」です。

次のブログ記事は「カナの婚礼:ボスの世界」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。