2005年反日デモ:毛里和子「日中関係」

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2005年の反日デモは、日中関係にとって画期的な転回点になった、毛里和子氏の著書「日中関係」はそうとらえている。それまでは主に政府間関係として動いてきた日中関係に、一般の国民が深くかかわるようになり、政府といえどもこうした民衆の形成する世論を無視できなくなった、それは両国間の関係が全く新しい段階に入ったことを意味する、と理解するわけだ。

デモ隊は日本からの進出店舗を襲撃し、日貨ボイコットを叫び、日本の国連常任理事国入りに反対し、靖国や教科書問題に見られる日本人の歴史認識を批判し、尖閣諸島問題などあらゆる政治的イシューを取り上げ、ことごとく日本を非難した。そのあまりの激しさから、日本側にもショックが伝わり、一般国民レベルでの相互不信、相互警戒の念が強まった。これを契機として、日中関係は様々な局面で揺れるようになる。

2005年の反日デモは、突然に噴出したものではなく、それ以前、とくに2003年ごろから兆候となる事件が散発していたと著者は言う。2003年の夏にはチチハルで旧日本軍の毒ガスが爆発し、その損害賠償を巡って世論が不満を高めたこと、北京~上海を結ぶ新幹線建設に日本の新幹線が採用されることに反対する署名が始まるとすぐさま10万人近い書名が集まったこと、9月には経済特区の珠海で日本人グループによる集団買春事件がおこったこと、10月には西安の大学で日本人学生3人が下品なパフォーマンスを行って中国を侮辱したこと、そして2004年夏にはサッカー・アジアカップの会場で日本チームに対する激しいブーイングが起きたことなど、枚挙にいとまがないほど、両国関係を緊張させる事件が相次いでいた。

2005年の反日デモを含めて、こうした反日運動に共通する要因とは何なのかについて、著者は考察を加える。

一つは中国社会にネット民族主義というべきものが台頭してきたことだ。中国が豊かになり、インターネットや携帯電話が普及するようになると、それを通じて巨大な言論空間が形成される。そこに大国化によって高まった若者の民族意識が、かつての抑圧者であり、なおかつ今でも過去の歴史を反省していない(と彼らが考える)日本に対して、攻撃のエネルギーを発散させているというものだ。

このことの背景には、1980年代以降強化されてきた中国側の民族主義教育、それの裏側としての反日教育の存在も挙げられる。

また大国意識の高まりが、日本をライバル視する姿勢を強めたことも否めない。その姿勢が一方では日本を過小評価して、事あるごとに貶めようとする行動を生み、他方では日本の国連常任国入りを阻もうとする態度にもつながる。いまやアジアの大国は中国一国で十分だとする意識だ。

中国人の日本への反感は根強い。過去の中国は欧米諸国によって植民地化され、みじめな時代を生きてきた。なかでも日本は15年以上にわたって中国を侵略し、1千万人以上の中国人を殺害し、中国の国土を蹂躙した。なのにそのことを日本人はきちんと反省していない、という思い込みが、激しい日本批判へと発展している、というのだ。

日本側にも中国人の反日感情を煽り立てるような面がなかったわけではない。特に小泉政権の時には、靖国参拝に固執して中国側に歴史問題をことさらに意識させ、「新防衛大綱」のなかで中国脅威論を公然と表明し、また長年行ってきた政府援助の停止を仄めかすなど、中国側からすれば全面的に中国の神経を逆なでするようなことをした。おかげで小泉政権の時代に、日中関係は完全に冷え込んだ。

しかし両国の密接な関係を考えれば、冷え込んだままに放置しておくことはできない。それは日本にとっても、あらゆる意味で危険が大きすぎる。

こう踏まえたうえで、著者は日中関係のポイントを三つあげる。ひとつは、価値の問題だ。それは過去の日中関係の歴史をどうとらえるかということにつながる。日本は戦後半世紀以上を経て、過去の戦争責任は基本的に解決済みと考えがちだが、中国側はそうは考えない。彼らにとって戦後はまだ終わっていないのだ。両国が互いに理解しあうためには、こうした価値観をどこまで共有できるかがポイントになる。

二つめは、アジアや世界におけるパワーをめぐる問題だ。これには台湾問題や日米同盟、対ロ政策など国際的な様々なイシューが関わる。こうしたパワーバランスにあって、日中がどこまで安全についての意識を共有できるかがポイントになる。

三つめは、経済的な利益を巡る問題である。これには東シナ海の海底資源などのイシューも含まれる。中国が経済大国化し、日中両国の経済的結びつきもかつてないほど高まっている中で、いかに良好な経済関係を構築していくか、これがポイントになる。

著者は、これほどまでに相互依存の高まった時期にあって、日中両国がいがみ合うという眺めは正常ではないと考える。筆者もまた同感だ。日本と中国とは地政学的にも歴史的にもあらゆる意味で最も身近な隣人だ。その身近な隣人が、互いを理解しあいながら建設的な関係を築いていく、これが何よりも肝心なことだと思う。


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