空洞化する日本

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経済誌 Economist の最近号が、空洞化が急速に進む日本経済について言及している。The hollow men The deindustrialisation of Japan may be neither as complete nor as damaging as feared By Banyan

経済の空洞化とは、企業の海外進出が進んで、国内の産業や雇用が失われていく事態をさしている。それを促す最大の要因は円高だ。近年円の独歩高といわれる現象が急速に進み、多くの輸出関連産業が、国内での製造にこだわっていられなくなり、雪崩をうつように海外に進出した。進出先の中心は、中国や東南アジアである。

たとえばトヨタの場合でいえば、2012年度の年間生産計画台数960万台のうち、国内で生産される割合は340万台に過ぎない。その結果、かつてトヨタが誇った国内のサプライチェーンのピラミッドが崩れ始めていると、先日のNHKスペシャルの番組でも紹介されていた。それに代わって、東南アジアの諸国で、現地のピラミッドが作られつつある。日本国内のトヨタの下請け企業は、こうした海外でのピラミッドに食い込まなければ、企業として生き残っていけない危機的状況に陥っているという。

トヨタの場合には、これでも様々な要因を考慮したうえで、一定の国内生産にこだわったということだ。つまり一定の愛国精神から出た行為だというのである。愛国心にはあまり頓着しない企業においては、国内拠点の崩壊はいっそう大きな速度で進んでいくに違いない。

もうひとつ、海外進出を促した要因として、昨年の大震災とその結果として起こったエネルギーの供給不安についても、この記事は言及しているが、基本的な要因はやはり円高だろう。

何故、円高だけが進むのか。つまり世界中の貨幣に対して円だけが値上がりするのは何故か。

貨幣の価値は基本的には実体経済の反映であると考えてよい。それが資本主義経済のイロハだと、どこの大学でも教えていることだ。短期的に(投機的な要因などによって)貨幣価値が上がったり下がったりすることはあるが、中長期的には経済のファンダメンタルズに見合った水準に落ち着くはずだ。つまり経済の状態が良い時にはその国の貨幣は高く評価され、逆に経済状態が悪化すればその通貨の価値は下落する。

だから、一国の通貨が高く評価されているということは基本的にはいいことのはずなのに、今の日本の円高はどうもそういっていられない状況をもたらしている。つまり国内産業の空洞化だ。これが問題を複雑にしている。

今までの経済学の常識では、通貨価値が切り上がると、輸入が増えて輸出が減る結果国際収支が悪化し、通貨価値が下落するということになっていた。その結果今度は輸出が増えて輸入が減り、国際収支が改善する。そのため通貨は再び上昇し始める、というサイクルをたどることになっていた。

これは、経済活動にとって国境というものが前提になっていた時の話だ。国境がなくなると、資本は最適なパフォーマンスを求めてグローバルに動き回るようになる。トヨタが、日本で生産するより東南アジアで生産した方がコストパフォーマンスが良いと判断すれば、生産拠点をどんどん海外に移すのは無理のない話だ。

一昔前に、トヨタがアメリカに生産拠点を設けたのは、貿易戦争をかわすためだった。日本で作った車をアメリカに売りつけると、アメリカの雇用を奪うことになるため、アメリカから大反発を食らった。そこでいっそ生産拠点をアメリカに移し、アメリカ人を雇って作った車をアメリカ国内で売れば、貿易摩擦は起こらない。トヨタにとっては、それ以外方法がなかったともいえるが、企業としては、どこに生産拠点があろうと、そこから利益が期待できる限り、問題はないわけだ。

現在の海外進出は、アメリカの時とは違って、日本国内で生産したのではコストパフォーマンスが悪化するという判断にたったものだ。そこには政治的な、つまり経済外的な要因は一切ない。至極ビジネスライクな判断に基づく行為だと言える。

アメリカの場合でも、東南アジアの場合でも、車を日本国内で生産し、それを貿易と言う形で相手国に販売すれば、その結果は国際収支にストレートに反映され、通貨が切上がったり切り下がったりのダイナミズムを作り出す。しかし、海外に資本が出て行って、そこで生産したものをそこで売るようになれば、その結果は日本の貿易収支にはストレートに反映されない。そのため、貿易収支の良し悪しで円が変動するということも起らない。

この場合、考慮しなければならないのは、日本企業が海外に出て行かざるを得ないのは、日本国内に販路がないことの現れだということだ。つまり日本企業は国内では売れないから海外に売らねばならないのであり、それも日本で作ったのでは売れないので直接に海外に出て行かざるを得ない、そんな構図になっているわけである。

その結果何が起きるか。日本国内の産業が空洞化して、どんどん雇用が失われ、国民経済全体としては、貴重な資源を無駄に遊ばせるという事態につながる。非常に困ったことだといわねばならない。(イラストはEconomist から:Michael Morgenstern 作)





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このページは、が2012年6月12日 19:51に書いたブログ記事です。

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