ロシアマネー、J.W.M.ターナーの名画を落札

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先稿「クレムリン株式会社」のなかで、プーチン政権下の最近のロシア経済の好況ぶりについて触れた。この好況を支えているのは、石油や天然ガスなどの地下資源だ。ソ連時代とは異なり、ロシア政府は民間企業に活動の自由を与えているので、民間人の中から企業家が輩出し、億万長者も出現するようになった。一昔前には考えられなかったことだ。

今、そのロシアの億万長者たちが美術品市場に出没し、巨額のロシアマネーを背景に、世界的な名画を買い集めていると、先日のNHKテレビが報じていた。ロシアは帝政時代に美術品を収集し、現在のエルミタージュコレクションを形成した歴史を有しているが、最近の美術品収集は、その再来ともいうべき現象だそうだ。

昨年の1月、ロンドンで催されたクリスティーズのオークションで、J.W.M.ターナーの名画「青のリギ」が580万ポンドで落札されたことがあった。落札者は当初、アメリカ人だと思われていたが、これもロシアマネーによるものだということが最近判明した。

「青のリギ」は、ターナー晩年の水彩画で、スイスのルツェルン湖を前景にしてリギ山を描いた作品。「赤のリギ」、「暗色のリギ」と題した姉妹作がある。「青」は朝の、「赤」と「暗色」は夕方のリギ山を描いたものだ。19世紀のイギリス人にとって、あこがれの景色だったこともあり、一躍有名になった。三作の中でも「青のリギ」はとりわけ評価が高く、ターナーの最高傑作ともいわれている。

この作品が外国人によって落札されたことに、最も衝撃を受けたのはテート・ギャラリーだった。テート・ギャラリーは、ターナーの油彩画300点と水彩スケッチ30000点からなる世界最大のターナー・コレクションを有している。いづれもターナーの死後寄贈されたものだ。だが、このコレクションには、ターナーの代表作たる一連のスイス物が含まれていないため、テート・ギャラリーでは、その収集に執念を燃やしていた矢先、この事態が生じたのである。

テート・ギャラリーがとった手段は、落札者から買い戻すということだった。これにはイギリス政府も協力を表明し、一方では期限を区切って作品の国外持ち出しを禁止するとともに、購入価格への税の賦課を免除する措置をとった。これによって、テート・ギャラリーは、本年5月20日までに495万ポンド用意できれば、この絵を買い戻すことが出来るようになったのである。

テート・ギャラリーでは自ら200万ポンドを用意したほか、国内の美術ファンドにも協力を呼びかけた。だが5月20日の期限を間近に控え、いまだに全額の達成に至っていない。危機感を覚えたテート・ギャラリーは、苦肉の策として、一般人からの寄付を得やすい方法を編み出した。絵を多くの仮想パーツに分割し、それに対応したオーナーシップのようなものを売りに出したのだ。ナショナルトラストの美術版といったところだろう。

かくして、32×46cmの紙に描かれた絵は50000のパーツに分解され、一つのパートについて5ポンドの価格がつけられた。不足金額はおよそ30万ポンド程度らしいから、何とか期限内に達成できるだろうと、関係者は期待感を滲ませている。

それにしても、一枚の絵にこれほど熱中できる人々がいるというのは、ある意味でうらやましいことだ。ターナーの絵が、イギリス人から深く愛されていればこその話だろう。日本人は、北斎の絵にこれほど熱中できるだろうか。

現在、テート・ギャラリーには、「リギ」の三部作が仲良く並んで展示されているということだ。


関連リンク: 日々雑感

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    このページは、が2007年3月 3日 14:05に書いたブログ記事です。

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