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アルチュール・ランボー:吊るされ人の踊り


アルチュール・ランボー“Arthur Rimbaud;1854-1891”ほど、フランソヴィヨンを深く理解し、その作風を自分の創作に取り込んだ詩人はいなかった。この早熟の天才が、どこから豊かなイマジネーションを得たかを探っていくと、そこにはフランソア・ヴィヨンの巨大な影響があったと思われるのである。

アルチュール・ランボーは、早くも16歳にして、歴史に残る作品を作ることができた。それら記念すべき作品の中に、「ルイ11世にあてた、シャルル・ドルレアン大公の手紙」”Lettre de Charles d’Orleans a Louis XI pour solliciter la Grace de Villon” という書簡体の文章がある。絞首刑の判決を受けたフランソア・ヴィヨンについて、かつてのヴィヨンの庇護者であったシャルル・ドルレアン大公が、即位したばかりのルイ11世に対して、ヴィヨンの一命を懇願するという内容のものである。

フランソア・ヴィヨンの事跡については、ランボーの少年時代には、まだ十分に解明されていなかった。またその作品も、ようやく出版され出したばかりであった。そんな条件のもとで、アルチュール・ランボーは、ヴィヨンをテーマにした作品を書いたのである。

文学的な出発にあたって、ヴィヨンを選んだことは、その後のアルチュール・ランボーの歩みを占うような、象徴性を帯びた事柄だったといえる。

アルチュール・ランボーは、この書簡体の文章と併せて、一篇の詩も作っている。「吊るされ人の踊り」”Bal des Pendus” と題したこの詩は、いうまでもなく、フランソア・ヴィヨンの有名な詩「吊るされ人のバラード」”Ballade des Pendus” を意識したものである。ヴィヨンは絞首刑の恐怖におびえながらその詩を書いたとされるが、ランボーは、単に書簡体の作品を補強するものという意見合いにとどまらず、自身の美意識に基づいて、イメージの再構成を試みている。

色々な面で、アルチュール・ランボーという詩人を理解するための、鍵になる作品である。


(吊るされ人の踊り:拙訳)

  真っ黒な吊るし台にぶら下がって
  踊っている奴らは誰だ
  やせ細った騎士たち
  サラディンの騎士の骸骨たちだ

  魔王ベルゼブルが奴らの襟首を掴むと
  奴らは空を睨んで にやついたぞ
  逆手で頭をこづかれると
  賛美歌のような音色を立てて踊ったぞ

  ぶらぶらゆれながら 奴らは腕を絡ませあう
  胸にはオルガンのパイプのようなあばらが見える
  女がやさしく抱きしめたこともあったろうに
  今じゃ骸骨同士じゃれあうだけだ

  やあ オカマのダンサーたちよ 腹に風穴があいているぞ
  ふざけまわるのが楽しいかい
  そうさ 戦いも踊りも同じようなものさ
  魔王さまもバイオリンで伴奏だ

  みんな靴を履いているが 踵がへってないな
  中にはだらしない格好の奴もいるぞ
  礼儀正しい奴もいるがな
  雪が降って頭につもり お誂えの帽子のようだ

  烏どもが飛んできて奴らの頭をつつく
  脳みそが飛び散って奴らの頬っぺたにべとついた
  奴らのもごもごするさまを見ろ
  おもちゃの鎧をまとった奴らを

  風が奴らの禿げた頭蓋骨を吹くと
  吊るし台がきしんで いやな音を出す
  すると狼たちが森の奥でうなり声を響かせ
  地平線は真っ赤な色に染まる

  しゃきっとしろよ お前たち
  折れた指でも祈りはできる
  背骨を伸ばして祈れや祈れ
  死んでしまったお前たちよ

  しかるにこの死の舞踏の中から
  赤く染まった空に向かって
  奔馬のように飛び立った骸骨がいるぞ
  首の周りにロープをきつく巻きつけたまま

  こぶしを股の骨にあてると カラカラっと音がした
  その音は嘲りの笑いのようだ
  テキヤが客を呼び込むように
  骨の音を伴奏にダンスを踊れ

  真っ黒な吊るし台にぶら下がって
  踊っている奴らは誰だ
  やせ細った騎士たち
  サラディンの騎士の骸骨たちだ

ヴィヨンの作品は、吊るされ人が仲間に残した遺言という体裁をとっているが、ランボーのこの作品は、吊るされたものどもを第三者の立場から描くという体裁である。全編には嘲笑がみなぎっており、死者への同情はない。ヴィヨンが読んだら、とても自分に味方しているとは考えなかっただろう。

ヴィヨンが実際に吊るされたのか、それとも歴史文書が教えるように、処刑をのがれて生き続けたのか、いまとなっては闇の中であるが、アルチュール・ランボーは、早熟な少年時代を通り過ごすと、ヴァガボンドな生き方に徹し、最後にはアフリカの灼熱の中で宿病に倒れ、37歳の年齢で死んだ。


(フランス語原文)
Bal des Pendus

  Au gibet noir, manchot aimable,
  Dansent, dansent les paladins,
  Les maigres paladins du diable,
  Les squelettes de Saladins.

  Messire Belzébuth tire par la cravate
  Ses petits pantins noirs grimaçant sur le ciel,
  Et, leur claquant au front un revers de savate,
  Les fait danser, danser aux sons d'un vieux Noël!

  Et les pantins choqués enlacent leurs bras grêles:
  Comme des orgues noirs, les poitrines à jour
  Que serraient autrefois les gentes damoiselles,
  Se heurtent longuement dans un hideux amour.

  Hurrah, les gais danseurs qui n'avez plus de panse!
  On peut cabrioler, les tréteaux sont si longs!
  Hop, qu'on ne cache plus si c'est bataille ou danse!
  Belzébuth, enragé, racle ses violons!

  Ô durs talons, jamais on n'use sa sandale!
  Presque tous ont quitté la chemise de peau;
  Le reste est peu gênant et se voit sans scandale.
  Sur les crânes la neige applique un blanc chapeau:

  Le corbeau fait panache à ces têtes fêlées,
  Un morceau de chair tremble à leur maigre menton:
  On dirait, tournoyant dans les sombres mêlées,
  Des preux raides heurtant armures de carton.

  Hurrah, la bise siffle au grand bal des squelettes!
  Le gibet noir mugit comme un orgue de fer!
  Les loups vont répondant, des forêts violettes:
  À l'horizon, le ciel est d'un rouge d'enfer...

  Holà, secouez-moi ces capitans funèbres
  Qui défilent, sournois, de leurs gros doigts cassés
  Un chapelet d'amour sur leurs pâles vertèbres:
  Ce n'est pas un moustier ici, les trépassés !

  Oh! voilà qu'au milieu de la danse macabre
  Bondit, par le ciel rouge, un grand squelette fou
  Emporté par l'élan : tel un cheval se cabre:
  Et, se sentant encor la corde raide au cou,

  Il crispe ses dix doigts sur son fémur qui craque
  Avec des cris pareils à des ricanements,
  Puis, comme un baladin rentre dans la baraque,
  Rebondit dans le bal au chant des ossements.

  Au gibet noir, manchot aimable,
  Dansent, dansent les paladins,
  Les maigres paladins du diable,
  Les squelettes de Saladins.


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