フランソア・ヴィヨンの主著は、30歳ごろに書いたとされる「遺言の書」Le Testamentである。それ以前に書いた詩集にも、Le Testamentと名付けたので、区別するために、主著のほうはGrand Testament、以前のものをPetit Testamentと呼び分けている。日本語では、Petit Testamentのほうは、普通「形見分けの書」と訳している。
「形見分けの書」のほうは、八行詩40節からなるこじんまりしたものであるが、「遺言の書」は、八行詩186節のほかに、独立した詩20篇を含んだ大作である。
ヴィヨンがどのような意図でこの詩集を書いたか、それは全編に流れている構想を読み解くことによって、自ずから明らかになる。これは、ヴィヨンの惜別の歌なのだ。
ヴィヨンの放蕩無頼については、先稿でのべた。何度も逮捕され、監獄に入れられたヴィヨンも30ごろになって、己の行く末が長くはないことを悟ったのだろう。そこで、まだ筆を取れるうちに、この世にメッセージを残しておきたかったのだと思われるのだ。
「遺言の書」は、人生のはかなさ、移ろいやすさを歌うことから始まり、生きてきた喜びや迫害者へのうらみつらみを歌い、かかわりあった人々への遺贈を述べるという構成をとっている。遺贈の品目は貧乏人らしくろくでもないものばかりだが、ヴィヨンにとってはかけがいのないものばかりだった。
「遺言の書」は「いにしへ人のバラード」のあと、47節目から老女の繰言を取り上げる。昔は美しかった女が、老いの嘆きをかこつ歌だ。老いさらばえてなお、昔の若き日を忘れがたい女の性は、かつての喜びセックスの思い出にふける。
(老女の繰言:拙訳)
たまたま俺は聞いたのだった
兜屋のばあさんが愚痴をこぼすのを
女盛りの昔がなつかしいなんて
ばあさんはこんな風にいうんだ
年を取っちゃおしまいさ
どうしてこうなるのさ
もう誰もかまっちゃくれない
くたばるのを待つだけの身さ
わたしゃもう老いさらばえた
あんなに美人だったわたしなのに
どんな男でも、司祭でさえも
わたしを一目見ただけで
わたしに熱を上げたものさ
後悔するとわかっていても
わたしのためにすべてを捨てた
ところが今じゃ目もくれない
沢山の男たちを振ったものさ
今となっては後悔するけど
ある時一人の男に惚れた
とびきりの美男だったのさ
最初はつれなさを装ったけど
とうとう首っ丈になっちゃった
あいつは乱暴なところもあったけど
わたしをありのままに愛してくれた
わたしを泥の中にひきずったり
足蹴にしたこともある
それでもわたしは好きだったのさ
キスしてくれといわれたりすれば
あらゆる恨みも吹き飛んだのさ
大食らいのろくでなしだけど
抱かれたわたしの腹も膨れた
今じゃ恥しか残ってないけど
あいつは死んじまった 30年も前に
取り残されたわたしは老いぼれるだけ
涙ながらに思いにふける
あの頃のこと 今の惨めさ
裸の自分にぎょっとする
もう何も残っちゃいない
哀れに干からびて醜いわたし
そんな自分に腹がたつのさ
わたしの眉毛は形がよかった
髪はブロンド 睫毛は長く
両目は大きく見開いて
利口そうに見えたものさ
鼻はぽっちゃりと可愛らしく
小さな耳はデリケートそのもの
瓜実顔の頬にはエクボが微笑み
唇は朱色に輝いていた
肩には繊細な肩甲骨がのぞき
腕は長く 指は細く
おっぱいはこじんまりとして
お尻はでっかく引き締まっていた
セックスの相手には最高よ
腰は幅があって へその下には柔らかい毛
ふくよかな股の奥の林には
可愛らしい庭があった
皴のよった額 灰色になった髪
睫毛は抜け散り 目はうつろ
あんなにも輝いて
男たちをとりこにした目なのに
鼻はかがんで 耳垂れ下がり
コケの葉っぱをみるよう
顔色は青く寒々と見え
顎は突き出て 唇はからから
美しさなんてこんなもの
腕はちじみ 手は曲がる
肩は瘤のように盛り上がり
おっぱいときては 形もなし
お尻は乾燥芋 乳首は梅干
太股の奥の花びらはどう
もう太股なんていえない代物
がりがりに干からびてサラミのよう
繰言のうちに老いさらばえるは
このばあさんに限らない
誰しも 年老いて阿呆になる
焚き火の傍にしゃがみこんで
綿くずのように思い出を投げ込んでは
やがて燃え上がり 灰となるように
美しいものはいつかは消える
このばあさんには限らない
バラードと異なってルフランはないが、脚韻は節ごとにこだましあっている。
過去に執着する女の繰言を歌うところは、ボードレールの大先輩というに相応しい。
(フランス語原文)
Grand Testament : Les Regrets de la belle Heaulmiere
Advis m'est que j'oy regreter
La belle qui fut hëaulmiere,
Soy jeune fille soushaicter
Et parler en telle maniere:
Ha! viellesse felonne et fiere,
Pourquoi m'as si tost abatue
Qui me tient? Qui? que ne me fiere?
Et qu'a ce coup je ne me tue?
"Tollu m'as la haulte franchise
Que beaulté m'avoit ordonné
Sur clers, marchans et gens d'Eglise:
Car lors, il n'estoit homme né
Qui tout le sien ne m'eust donné,
Quoi qu'il en fust des repentailles,
Mais que luy eusse habandonné
Ce que reffusent truandailles.
"A maint homme l'ay reffusé,
Que n'estoit à moy grant sagesse,
Pour l'amour d'ung garson rusé,
Auquel j'en faisoie largesse.
A qui que je feisse finesse,
Par m'ame, je l'amoye bien!
Or ne me faisoit que rudesse,
Et ne m'amoit que pour le mien.
"Si ne me sceut tant detrayner,
Fouler au piez, que ne l'amasse,
Et m'eust il fait les rains trayner,
Si m'eust dit que je le baisasse,
Que tous mes maulx je n'oubliasse.
Le glouton, de mal entechié,
M'embrassoit... . J'en suis bien plus grasse!
Que m'en reste il? Honte et pechié.
"Or est il mort, passé trente ans,
Et je remains vielle, chenue.
Quant je pense, lasse! au bon temps,
Quelle fus, quelle devenue;
Quant me regarde toute nue,
Et je me voy si tres changée,
Povre, seiche, mesgre, menue,
Je suis presque toute enragée.
"Qu'est devenu ce front poly,
Ces cheveulx blons, sourcilz voultiz,
Grant entroeil, le regart joly,
Dont prenoie les plus soubtilz;
Ce beau nez droit, grant ne petit;
Ces petites joinctes oreilles,
Menton fourchu, cler vis traictiz,
Et ces belles levres vermeilles?
"Ces gentes espaulles menues;
Ces bras longs et ces mains traictisses;
Petiz tetins, hanches charnues,
Eslevées, propres, faictisses
A tenir amoureuses lisses;
Ces larges rains, ce sadinet
Assis sur grosses fermes cuisses,
Dedens son petit jardinet?
"Le front ridé, les cheveux gris,
Les sourcilz cheuz, les yeulz estains,
Qui faisoient regars et ris,
Dont mains marchans furent attains;
Nez courbes, de beaulté loingtains;
Oreilles pendans et moussues;
Le vis pally, mort et destains;
Menton froncé, levres peaussues:
"C'est d'umaine beaulté l'yssue!
Les bras cours et les mains contraites,
Les espaulles toutes bossues;
Mamelles, quoy! toutes retraites;
Telles les hanches que les tetes.
Du sadinet, fy! Quant des cuisses,
Cuisses ne sont plus, mais cuissetes,
Grivelées comme saulcisses.
"Ainsi le bon temps regretons
Entre nous, povres vielles sotes,
Assises bas, à crouppetons,
Tout en ung tas comme pelotes,
A petit feu de chenevotes
Tost allumées, tost estaintes;
Et jadis fusmes si mignotes! ...
Ainsi emprent à mains et maintes."
関連リンク: 詩人の魂>フランソア・ヴィヨン