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大伴家持:諸国の遊行女(万葉集を読む)


大伴家持の生きた時代、諸国に派遣された国司は妻子を伴わず、単身赴任するのが原則だったようだ。家持が越中に単身赴いたのも、この原則に従ったのだろう。だから、諸国の官衙は独り者の男たちで構成されていた。一時代前の連隊兵営を思い起こせば、その雰囲気が伝わってくるだろう。

男だけの世界であるから、万葉の時代の諸国の官衙は殺風景そのものだったろう。それらの男たちに、現地の女たちが遊行女となって接近したのは、万葉の時代に限らず、いつの時代にもおきうる自然な現象だった。

家持がそうした遊行女たちを傍に近づけたかどうかはわからない。しかし時折催した宴の席に、遊行女をはべらしたことはあった。万葉集には、遊行女も加わって宴をなした時の様子が、家持自身によって記録されている。 

―四月の一日、掾久米朝臣廣繩が館にて宴せる歌四首
  卯の花の咲く月立ちぬ霍公鳥来鳴き響めよ含みたりとも(4066)
右の一首は、守大伴宿禰家持がよめる。
  二上の山にこもれる霍公鳥今も鳴かぬか君に聞かせむ(4067)
右の一首は、遊行女婦(うかれめ)土師(はにし)がよめる。
  居り明かし今宵は飲まむ霍公鳥明けむ朝は鳴き渡らむそ(4068)
二日ハ立夏ノ節ニ応(アタ)ル。故(カレ)明旦ハ喧カムト謂ヘリ。
右の一首は、守大伴宿禰家持がよめる。
  明日よりは継ぎて聞こえむ霍公鳥一夜の故(から)に恋ひ渡るかも(4069)
右の一首は、羽咋郡の擬主帳(ふみひと)能登臣乙美がよめる

これは、掾久米朝臣廣繩の館にて催された宴の席での歌のやり取りである。季節は四月の朔というから、今で言えば5月の半ば過ぎ、そろそろホトトギスのやってくる頃だと家持が歌の口火を切る。すると、遊行女婦の土師が、ホトトギスよ、だんな様に聞かせたいから早うやっておいでと、受けて歌う。遊女らしい即妙な座の持たせ方だ。

宴の場の雰囲気に合わせて、即席に詠むことができたのであるから、この遊女はある程度の教養を有していたのであろう。この時代の遊女がどんな階層の出身だったか、詳しいことはわからぬが、中には怪しからぬ素性の女もいたのだろうか。

このほか、蒲生娘子という遊行女の歌も家持は書きとめた

―遊行女婦(うかれめ)蒲生娘子(かまふのいらつめ)が歌一首
  雪の島巌に殖(た)てる撫子は千世に咲かぬか君が挿頭に(4232)

撫子を歌った一連の歌の中で取り上げられたものだ。この遊女がどんな素性のものかは、やはりはっきりせぬが、歌い振りには利発さを感じさせる。

家持の父大伴旅人にも、遊行女と交わした歌がある。旅人が大納言に任ぜられて京へ旅立つときに、兒島という遊行女が歌を贈って餞の言葉とした。

―冬十二月、太宰帥大伴の卿の京に上りたまふ時、娘子がよめる歌二首
  凡(おほ)ならばかもかもせむを畏みと振りたき袖を忍ひてあるかも(965)
  大和道は雲隠れたりしかれども吾が振る袖を無礼(なめ)しと思ふな(966)
右、太宰帥大伴の卿の大納言に兼任(め)され、京に向(のぼ)らむとして上道(みちだち)したまふ。此の日水城に馬駐め、府家を顧み望む。時に卿を送る府吏の中に遊行女婦(うかれめ)あり。其の字を兒島と曰ふ。是に娘子、此の別れ易きを傷み、彼の会ひ難きを嘆き、涕を拭ひて自ら袖を振る歌を吟ふ。

これに対して、旅人は歌を贈って応えた。

―大納言大伴の卿の和へたまへる歌二首
  大和道の吉備の兒島を過ぎて行かば筑紫の子島思ほえむかも(967)
  大夫(ますらを)と思へる吾や水茎の水城(みづき)の上に涙拭(のご)はむ(968)

遊行女の児島の歌は、身分の高いものに対する敬意のようなものが表れ、教養を感じさせる。それに対して旅人も相応の礼儀を以て応えた。このやりとりは、この時代の諸国における遊女の姿を髣髴とさせるような一齣である。

ところで、官衙の役人たちの中には、遊女とねんごろになり、スキャンダルを巻き起こすものもいたようだ。家持には、そんなスキャンダルを起こした部下の役人を諭す歌がある。興味深いものがあるので、取り上げてみよう。

―史生(ふみひと)尾張少咋(をはりのをくひ)を教喩す歌一首、また短歌
  七出の例に云はく、但一条を犯せらば、即ち出すべし。七出無くて輙ち
  棄らば、徒一年半。三不去の例に云はく、七出を犯すとも、棄るべから
  ず。違へらば、杖一百。唯奸悪疾を犯せれば棄れ。両妻の例に云はく、
  妻有りて更に娶らば徒一年。女家は杖一百にして離て。詔書に云はく、
  義夫節婦を愍み賜ふ。先の件の数条を謹み案(かむが)ふるに、建法の
  基、化道の源なり。然れば則ち義夫の道、情存して別無く、一家財を
  同じくす。豈旧きを忘れ新しきを愛しむる志あるべしや。所以数行の歌
  を綴作み、旧きを棄る惑を悔いしむ。その詞に曰く、
 
  大汝(おほなむぢ) 少彦名(すくなひこな)の 神代より 言ひ継ぎけらく
  父母を 見れば貴く 妻子(めこ)見れば 愛(かな)しくめぐし
  うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを
  世の人の 立つる異立て ちさの花 咲ける盛りに
  愛(は)しきよし その妻子と 朝宵に 笑みみ笑まずも
  打ち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや
  天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと
  待たしけむ 時の盛りを 離(さか)り居て 嘆かす妹が
  いつしかも 使の来むと 待たすらむ 心寂(さぶ)しく
  南風(みなみ)吹き 雪消(け)溢(はふ)りて 射水川 浮ぶ水沫(みなわ)の
  寄る辺無み 左夫流(さぶる)その子に 紐の緒の いつがり合ひて  
  にほ鳥の 二人並び居 奈呉の海の 奥(おき)を深めて
  惑(さど)はせる 君が心の すべもすべなさ(4106)
佐夫流ト言フハ、遊行女婦ガ字(アザナ)ナリ
反歌三首
  青丹よし奈良にある妹が高々に待つらむ心しかにはあらじか(4107)
  里人の見る目恥づかし左夫流子に惑はす君が宮出後風(しりぶり)(4108)
  紅はうつろふものそ橡(つるはみ)のなれにし衣になほしかめやも(4109)
右、五月の十五日、守大伴宿禰家持がよめる。

史生尾張少咋というから、この部下は越中国の書記官で「をくひ」という名の役人だったのだろう。この男が「さぶるめ」という名の遊女とただならぬ関係に陥った。そこで上司の家持は放っておけなくなったのだろう。歌には人倫に訴えかける上司家持の立場が表出されているが、その訴えかけは何となく迫力に欠ける。

前書きに、当時の夫婦関係を律すると思われる規則について触れている。「七出」とは、夫が妻を離縁できる七つの事由であるらしい。その内容はわからないが、七つの事由のうち一つに該当すれば、妻を離縁できるといっている。これらの事由がないにかかわらず妻を捨てれば1年半の徒刑に処せられたらしい。

両妻とは、今でいう重婚のことである。重婚を犯した男は1年の徒刑、相手をした女の方は100回鞭で打たれるとある。諸国の官衙に勤める役人たちの中には、重婚まがいのことをする男たちが絶えなかったのかもしれない。

この上で、家持は「義夫節婦」、つまりつつましい夫婦関係を薦め、それに外れたものたちを厳しく戒める。

家持は、さぶるめの色香に迷ったをくひに対して、京に残して来た妻子を思いやれと訴えている。「愛しきよし その妻子と 朝宵に 笑みみ笑まずも」とは、山上億良の歌を思わせる。家持には、億良の妻子を思いやる歌は、家族の絆の象徴のように受け取られていたようである。

その後、をくひがどうしたかはわからぬが、少なくともをくひの妻は決然とした行動に出たようだ。彼女は、夫の浮気を知ると、とりもとりあえず馬に乗って越中まで押しかけてきたのである。

―先の妻、夫の君の喚(め)す使を待たず、自ら来たる時よめる歌一首
  左夫流子がいつぎし殿に鈴懸けぬ駅馬(はゆま)下れり里もとどろに

駅馬とは、当時街道ごとに設けられていた交通手段だった。をくひの妻は、夫の所に一刻も早くたどり着きたかったのだろう、夫が公用の馬を迎えに出すというのも省みず、駅馬に乗ってやってきた。その勢いや、現代人の我々にも伝わってくるようだ。


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