« エリツィンの功罪 | メイン | 命子:陶淵明祖先を語る »


チンパンジーの知性:ジェーン・グドール女史


ジェーン・グドール Jane Goodall 女史は、今日におけるチンパンジー研究の礎石を築いた人である。チンパンジーは、地球上に棲息する動物の中で、人類に最も近い種だ。彼らはある面では人間並の、時には人間以上の能力を持っている。そんなチンパンジーの持つ能力の全貌が、次第に解明されつつある。

グドール女史がアフリカでチンパンジーの研究を始めた1960年当時、チンパンジーについては殆ど何もわかっていなかった。進化上人類に近い種であるとは考えられていたが、人間に匹敵するような高度な知的能力(知性)を持つとは誰も考えていなかったのである。

グドール女史は、アウストラロピテクスやホモ・ハビリスの化石を発見し、人類の進化の過程に光をあてた、あのリーキー博士の助手として研究を始めた。リーキー博士の研究は、チンパンジーと袂を分かって以降の人類の進化をたどっていくのだが、グドール女史はチンパンジーがどれほどの知的能力を達成したのかについて、実証的な研究を進めたのである。

グドール女史の功績は、大きく分けて二つあげられる。ひとつは、チンパンジーの道具に関する能力を実証したことである。動物が何かのきっかけで道具を操ることを学習することは知られていたが、チンパンジーの場合にあっては、それが天性の能力であることを突き止めた。すでに4300年前から、チンパンジーは硬い果実の殻を破るために石を用いていたのである。

今日のチンパンジーは、シロアリを捕るために、木の枝を器用に加工したりして、道具を立派に使いこなしていることがわかってきた。これは、人類の進化の歴史においては、ホモ・ハビリスの水準に匹敵する能力である。

二つ目は、チンパンジーのコミュニケーション能力の研究である。チンパンジーには、共感や思いやりといった感情があることがわかってきた。これは他の動物には見られないものである。他者との共同、自分自身の感情に対する自制心、仲間同士のいたわりあいなど、高度な社会関係を成り立たせるために不可欠なもの、つまりモラリティのベースとなるべきものが、チンパンジーの中にも認められたのである。

グドール女史のこのような研究を土台にして、チンパンジー研究は最近10年間に急速に進歩した。その結果チンパンジーの知的能力は、ある分野では人間をしのぐこともわかってきた。これを類人猿学者たちは「チンパンジーの知性」と呼んでいる。

たとえば、一度見たものを記憶して把持する能力は人間より遙かに高かった。人間は言語によって対象を捉える能力を発達させた代わりに、直接的な記憶の能力を退化させてきたのであろう。

道具の操り方など知的能力の取得は、世代間の伝達によることも詳しくわかってきた。幼いチンパンジーは親や先輩の仕草を見ながら、自然と能力を身につけていく。簡単な能力は1歳頃までに身に付け、複雑なものは3歳半乃至5歳頃までに身につける。6歳乃至7歳頃までに身につけないと、一生無能のまま終わる。人間の子どもの学習過程と相似ているといえる。

チンパンジーがコロニーごとに違った文化を持つこともわかってきた。タンザニアとギニアでは、チンパンジーの食物嗜好も異なり、食物採取に用いる道具も異なるそうだ。

コロニー間の縄張り争いが熾烈なこともわかってきた。チンパンジーはテリトリーの境界を絶えずパトロールし、違うコロニーのオスを見つけると、殺したり去勢したりする。人間同士の争いと相異なるところはないといえよう。

グドール女史たちの研究は、餌でインセンティブを与えながら、その行動を観察するというものだった。今日では、純粋の野生状態におけるチンパンジーの行動を追跡する必要性が叫ばれている。

だが、チンパンジーそのものは急速に数を減らしつつある。グドール女史がはじめてアフリカに踏み込んだ50年前、100万頭以上いたというチンパンジーは、今日15万頭までに減ったそうだ。密漁が絶えないことの他に、チンパンジーの居住環境が急速に縮小しているからだ。

(参考)Almost Human, and Sometimes Smarter By John Noble Wilford : New York Times


関連リンク: 人間の科学

  • ヒトは今なお進化している

  • 遺伝子が語る人類の進化
  • 人間の性衝動:男女間の相違

  • 男女の出生比率が縮まりつつある!

  • 前世と生まれ変わり:記憶モニタリングエラー

  • 精神療法としての祝祭:エーレンライヒ説

  • 脳はベター・セックスを演出する

  • 幻聴:内なる声と認知行動療法

  • 癌の話題でもちきりのアメリカ

  • 「うつ」と向き合う男たち






  • ブログランキングに参加しています。気に入っていただけたら、下のボタンにクリックをお願いします
    banner2.gif


    トラックバック

    このエントリーのトラックバックURL:
    http://blog.hix05.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/200

    コメントを投稿

    (いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)




    ブログ作者: 壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2006

    リンク




    本日
    昨日