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祈りのバラード:ヴィヨンが母のために作った歌


「遺言の書」第89節の後に、ヴィヨンは母のためにつくったバラードを載せている。ヴィヨンの遺言は、まず天使に宛ててなされた後、父とも仰ぐ叔父ギヨームに移り、そして母へと向かうのであるが、母のためにヴィヨンが残したものは、聖母ノートル・ダームに捧げられたバラードなのであった。

(祈りのバラード:拙訳)

  天女にしてこの世の女王
  あの世とやらの皇后さま
  この哀れなキリスト者を憐れみたまへ
  選ばれた人々とともに生かしめたまへ
  取るに足らぬちっぽけなわたし
  あなたさまのご慈悲の大きさは
  わたしの罪を償って余りあり
  あらゆる人々を天国に導き入れるとか
  わたしは聞いたことがありまする
  あなた様への信仰の内に、哀れな者を導きたまへ

  あなたの御子に我が信仰を伝へたまへ
  汝により彼女の罪はいやされりと
  わたしの罪を許したまへ
  エジプトのマリア、テオフィルのように
  ひとたびは悪魔と盟約せしも
  テオフィルの救われしはあなたの慈悲によって
  かかる過ちからわたしを守りたまへ
  声高くその御名を称へるキリストを
  声なくお産みになりし聖母様
  あなた様への信仰の内に、哀れな者を導きたまへ

  わたしは惨めで年老いた女
  読み書きもできませぬが
  ミサを欠かしたことはありませぬ
  教会の壁には天国と地獄が描かれ
  地獄では悪人たちが茹でられています
  天国は喜び、地獄はおののき
  わたしを天国に導きたまへ
  あなた様にすべての罪びとは帰依します
  わたしを信仰もて包みたまへ
  あなた様への信仰の内に、哀れな者を導きたまへ

  処女にして聖母さま
  イエスキリストの王国は無限
  哀れな者を救ふために
  神はイエスを遣はされ
  その死によって啓示を垂れられたとか
  全能の神よ、我が懺悔を聞き入れたまへ
  あなた様への信仰の内に、哀れな者を導きたまへ

ヴィヨンの母親については、詳しいことはわかっていない。この詩から読み取れる限りでは、教養ある女ではなかったようだ。だが、ヴィヨンは女手一人で育ててくれたこの母親に暖かい感情を抱いていたようだ。

母親が息子の作ってくれたバラードを、ミサの席で歌ったどうかは、無論歴史の彼方の謎である。


(フランス語原文)
Ballade (Que fit Villon à la requête de sa mère pour prier Notre-Dame)

  Dame du ciel, régente terrienne,
  Emperière des infernaux Palus,
  Recevez-moi, votre humble chrétienne,
  Que comprise sois entre vos élus,
  Ce nonobstant qu'oncques rien ne valus.
  Les biens de vous, ma Dame et ma Maîtresse
  Sont bien plus grands que ne suis pécheresse,
  Sans lesquels biens âme ne peut merir
  N'avoir les cieux. je n'en suis jangleresse
  En cette foi je veux vivre et mourir.

  A vôtre Fils dites que je suis sienne
  De lui soient mes péchés abolus ;
  Pardonne moi comme à l'Egyptienne,
  Ou comme il fit au clerc Theophilus,
  Lequel par vous fut quitte et absolus,
  Combien qu'il eût au diable fait promesse
  Préservez-moi de faire jamais ce,
  Vierge portant, sans rompure encourir,
  Le sacrement qu'on célèbre à la messe :
  En cette foi je veux vivre et mourir.

  Femme je suis pauvrette et ancienne,
  Qui riens ne sais ; oncques lettres ne lus.
  Au moutier vois dont suis paroissienne,
  Paradis peint, ou sont harpes et luths,
  Et un enfer où damnés sont boullus :
  L'un me fait peur, l'autre joie et liesse.
  La joie avoir me fais, haute Déesse,
  A qui pécheurs doivent tous recourir,
  Comblés de foi, sans feinte ni paresse.
  En cette foi je veux vivre et mourir.

  Vous portâtes, digne Vierge, princesse,
  Iésus régnant qui n'a ni fin ni cesse.
  Le Tout-Puissant, prenant notre faiblesse,
  Laissa les cieux et nous vint secourir,
  Offrit à mort sa très chère jeunesse ;
  Notre Seigneur tel est , tel le confesse :
  En cette foi je veux vivre et mourir.


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