トランスジェンダー

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ジェンダーという言葉は、フェミニストたちがポレミカルな文脈の中で用いたこともあって、とかく政治的な色彩を帯びがちである。それは自然の性差に対して、社会的に作られた性差というような意味合いで使われることが多い。

フェミニストたちはそこに差別の淵源を嗅ぎ取り、この差別をなくするための操作概念として、ジェンダーという言葉を使ってきた。

だが、フェミニストたちは男女平等を解くに急なあまり、性差の本質については突っ込んだ議論を怠ってきたようだ。両性の共通性を強調すればするほど、その差異についての議論は等閑に付されるからである。

世の中には、持って生まれた自分の性に調和を感じることの出来ない人々が存在する。生物学的には男としての性徴を持っているのに、思考や情緒、行動のパターンは女としての在り方に親和性を感じる。その逆の人々も無論多く存在する。

このような人々のことを、トランスジェンダーという概念の下で、科学的に理解しようという動きが最近になって強まってきた。そこで「性とは何か」という問題意識が、改めて問われるようになってきたのである。

一昔前まで、ゲイやレズビアンといった人々は、性的倒錯者であり、精神医療の対象とされていた。またその行為はしばしば犯罪的とみなされ、厳しい社会的制裁に直面することも多かった。

アメリカの精神医学界がホモセクシュアリティを精神医療の分野から除外したのは1974年、最高裁が同性愛を犯罪と関連付けることを禁じたのは2003年のことである。マサチューセッツ州が同姓同士の婚姻を認めたのを皮切りに、現在ではアメリカのほぼ半数の州が同姓同士の結婚を認めるまでにいたった。

こうした社会的動きの背景には、トランスジェンダーが異常な少数者の異常な逸脱ではなく、ごく普通にありうることなのだという理解が浸透してきた事態がある。

では、人はどのようにしてトランスジェンダーになるのか。

男らしさや女らしさといったものは、フェミニストたちがいうように、ある程度社会的に形成されるものではある。昔はスカートをはいた男を怪しむことはなかったし、現在では女もズボンをはく。だがそうした表層の下に、情緒、嗜好、雰囲気、行動のパターンといった様々な部面を通じて、性による差異というものがある。男の子は闘争的なゲームを好むものだし、女の子はままごと遊びに夢中になるようにできているらしいのだ。

男の子が男らしさを身につけ、女の子が女らしさを身につけていくのには、社会的な学習ももちろん絡んではいるだろうが、基底には生物学的なプロセスがある。

胎児には受精後8週間くらいで性器が形成される。これを契機にテストステロンおよびエストロゲンの分泌が始まり、胎児の脳はこれらのホルモンによって満たされる。この結果、胎児の脳は男女それぞれ異なった発達をする。

脳の構造といわゆるジェンダーがどのようにからみあうか、詳細なメカニズムはわかっていない。しかし、ねずみを使った実験によると、生まれたばかりのねずみに異なった性のホルモンを投与すると、そのねずみは他方の性に似た行動をとるようになることが確かめられている。同じようなプロセスが人間のトランスジェンダーにおいても、生じている可能性がある。

ところで、トランスジェンダーが社会的に認知されていくにつれ、トランスジェンダーを理由にした差別も撤廃されていく方向にある。アメリカの大企業では、トランスジェンダーを理由に解雇される事態が減ってきているという。

性別のチェックに神経質だったオリンピック委員会も、トランスジェンダーを認める方向にある。2004年には、性転換手術を受け、その後2年間ホルモン療法を取り続けたアスリートに、転換後の性として出場することを認める決定をした。順調に行けば、北京オリンピックの舞台に、性転換した「元男性」が、女性の競技に出場するかもしれない。

〔参考〕
Rethinking Gender: What Makes Us Male or Female? A growing number of Americans are taking their private struggles with their identities into the public realm. How those who believe they were born with the wrong bodies are forcing us to re-examine what it means to be male and female. By Debra Rosenberg Newsweek


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