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項羽と劉邦:垓下歌と大風歌


中国4000年の歴史は数々の英雄たちの群像で彩られている。秦末に登場した項羽と劉邦は、そうした群像たちの中でもひときわ大きな光芒を放つ存在である。

中国の歴史の中で漢は特別の意味合いを持っている。現代でも漢という文字は国のアイデンティティをあらわすものとして使われている。だから秦から漢への移り変わりにあたって、互いに競い合った二人の名は永遠の響きをもっているのである。

項羽と劉邦、この二人は対照的な性格をもっていたと、史記は描いている。二人とも若い頃に秦の始皇帝を間近に見たが、そのとき項羽は、いつか自分が相手を倒して皇帝の座に座ってやるといったのに対して、劉邦のほうはうらやましがるばかりだった。項羽は家柄がよく、戦いにもめっぽう強かった。秦が滅びるに当たって項羽の果たした軍事的役割は圧倒的だったのである。一方劉邦は漢水流域の農民の生まれで、軍事的な才能もあまりあったとはいえないが、そのかわりに人の心を掴むのに長じていた。

項羽は自分の才能を過信するあまりに、人に対して寛容ではなかった。劉邦は来るものを拒まず、それぞれを能力に応じて用いた。こうした両者の性格の差が、人びとの離合集散の複雑な動きをもたらし、やがて劉邦の勝利へとつながっていく。史記が生き生きと描いているところである。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。


垓下歌

  力拔山兮氣蓋世  力山を拔き 氣は世を蓋ふ
  時不利兮騅不逝  時に利あらず 騅逝かず
  騅不逝兮可奈何  騅の逝かざるを奈何すべき
  虞兮虞兮奈若何  虞や虞や 若を奈何すべき

山を抜くような力と世を蓋う気概をもった項羽もついに観念するときが来た。愛馬騅にももはや駆け上がる気力はない。思い残すのは愛人の虞である。汝のことが気がかりだといいつつ、項羽は騅にまたがって敵前突破していくのである。

詩中に歌われている虞とは虞美人のこと。西施、楊貴妃とならんで中国歴史上の三大美人とされ、運命の薄幸さが人びとの同情を呼んできた。その虞美人が項羽に応えて作ったとされる歌も残されている。


虞美人作

  漢兵已略地    漢兵已に地を略し
  四方楚歌聲    四方楚歌の聲
  大王意氣盡    大王意氣盡きぬ
  賤妾何樂生    賤妾何ぞ生を樂しまん

漢兵が已に地を略して、四方楚歌の聲に囲まれてしまいました。大王様の息が消沈された今、わたくしも生きていく気力を失いましたと歌う、悲しい歌である。「四方楚歌」はまた、「四面楚歌」の言葉となって、中国の歴史に長く残ることとなった。

この戦に勝った劉邦はやがて中国を統一し、漢の国を開いて高祖となる。その高祖が故郷の沛に凱旋したときに歌ったとされるのが「大風歌」である。


漢高祖大風歌

  大風起兮雲飛揚    大風起って 雲飛揚す
  威加海內兮歸故鄉  威は海內に加はって故鄉に歸る
  安得猛士兮守四方  安くにか猛士を得て四方を守らしめん

凱旋して故郷に錦を飾った喜びを歌い、人材を集めて国土経営をなさんとする、現実主義者劉邦の面目躍如といった歌である。


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