先稿「肥満の科学」では、肥満の生理的側面について考察した。人間の食物摂取行動には、それを促したり抑制したりするメカニズムが遺伝的にビルトインされており、DNAやホルモンの働きによって、空腹を感じたり満腹したりする生理的な過程を反復しているというものだった。
そうしたメカニズムが正常に機能していれば、肥満に悩むということもないのだろうが、それでも人間が肥満しがちなのは、気の遠くなるような人類の歴史に理由がある。
人類の長い歴史の中で、腹が常に満ち足りている状態は例外的であった。むしろ常に飢餓の危険に直面していたのである。だから、人間という生き物は、食えるときにはたらふく食っておくという習慣を身に付けざるをえなかった。一旦飢饉が起きると、普段から栄養の良い個体ほど生き残る可能性が強かったのである。
これは生きようとする意志が、生物学的な条件に打ち勝った例である。
ところで、人間の肥満には社会的な側面があることも、最近注目されてきている。人間の肥満には太りやすい体質とか、食べ物の誘惑に対処する態度とか、様々なファクターがあるが、なかでも友人たちとのかかわりが非常に大きな影響を及ぼすとする考えである。
カリフォルニア大学の肥満研究グループの調査によれば、肥満した友人に囲まれているものが肥満する確率は57パーセント、兄弟が肥満している場合の確率は40パーセント、配偶者が肥満している場合の確率は37パーセントという結果が出た。
これは一見、グループ内での同じような食事スタイルが、体格の形成に向かって共通の方向に働いているのだとも受け取られる。だが研究者たちは、友人が遠く離れていて、普段食事を共にするようなことがなくても、肥満した人間には肥満した友人が多いという事実を重く見ている。
ボストン郊外にあるフラミンガムという街の住民を対象に、社会学的な研究が半世紀近くにわたって続けられてきたが、その結果によれば、肥満したものが肥満したものを呼び寄せる確立は、血縁関係よりも、仲の良い友人同士において顕著だったのである。
研究者たちはこのことについて、肥満に対する見方なり態度が、友人同士の間に形成されるある種の価値観に影響されているのではないかとみている。つまり、痩せた人間に囲まれて暮らしていれば、少しくらい太ってもすぐ自分が肥満しつつあるのを感ぜずにはいないであろうが、十分に肥満した人間に囲まれて暮らしていると、自分の肥満はそう深刻な事態とは映らないというのだ。
この受け取り方は心理的なものであるから、友人が傍にいるか、離れているかはあまり問題ではない。人間は自分のアイデンティティを、友人や知人との比較の中で検証するものである。肥満もまたアイデンティティの一つの要素をなすものであるからには、友人との比較において自分が肥満しすぎているかどうか判断するようになるというのだ。
自分が少しくらい体重を増やしたからといって、周りの友人と比較してそんなに太っていなければ、それは許容範囲のうちなのだ。
研究者たちは、こうした傾向を捕らえて、肥満は社会的に伝染するものだと警告している。
(参考)Obesity is socially contagious : Science Daily
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