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蘇武:妻との別れ


蘇武は李陵とともに、漢武帝の時代に生きた武人である。天漢元年(紀元前100)、匈奴との和睦のために遣わされたが、匈奴の内紛に巻き込まれて抑留された。匈奴の単于に勇気を買われて帰順することを進められても節をまげず、生涯漢に忠節を尽くした。その姿勢が、愛国者としての蘇武のイメージを、長らく中国人の中に定着せしめてきたのである。

抑留中の蘇武は、佞臣の讒言によって一族皆殺しの目にあったりするが、それでも志を曲げず、19年もの間匈奴の地に踏ん張った。その間の蘇武の姿については、鼠の穴を掘り草を食う辛酸の毎日が、さまざまな歴史書に取り上げられた。

武帝が死に、昭帝の時になってはじめて解放されて祖国に戻ることができた。昭帝は蘇武の忠節と不運を哀れみ、厚く遇した。しかし愛する妻をはじめ一族の者はことごとく殺されて、誰も迎えるものはいなかったのである。

蘇武には友人や愛する者との別れを歌った詩4首が残されており、文選巻29に収められている。いづれも送別の情を切々と歌った名品で、中国詩歌史上の傑作というべきものである。

ここでは4首のうちの第二首、妻との離別を歌った詩を紹介しよう。


  結髮爲夫妻  結髮して夫妻と爲り
  恩愛兩不疑  恩愛 兩つながら疑はず
  歡娯在今夕  歡娯 今夕にあり
  燕婉及良時  燕婉 良時に及ばん
  征夫懷往路  征夫 往路を懷ひ
  起視夜何其  起って夜の何其を視る
  參辰皆已沒  參辰 皆已に沒しぬ
  去去從此辭  去去 此より辭せん

成人して夫婦となって以来、互いの愛を疑うことはなかった、しかしその喜びも今夜限りとなった、せめてこの一夜を大事にしよう、(結髪:成人して男子は冠を戴き、女子は笄をつけること、燕婉:うちとけて睦みあうこと)

旅立つ自分はこれから先のことを思い、立ち上がって夜の様子を見れば、星星は沈んで夜明けに近い、ついにいくべき時が来たのだ、(何其はいかにに同じ、參辰は星の名、)

  行役在戰場  行役 戰場にあり
  相見未有期  相見ること未だ期あらず
  握手一長歎  手を握りて一たび長歎すれば
  涙爲生別滋  涙は生別の爲に滋し
  努力愛春華  努力して春華を愛し
  莫忘歡樂時  歡樂の時を忘るるなかれ
  生當復來歸  生きては當に復た來り歸るべし
  死當長相思  死しては當に長く相ひ思ふべし

自分の役目は戦場に赴くこと、再びそなたと会える見込みはない、手を握り合ってため息をつけば、生き別れの苦しさに涙がほとばしり出る

気をつけて若い身空を大事にし、私とともに過ごした楽しい時間を忘れないで欲しい、生きておられればまた帰って来れる日もあろう、若し死に別れても、末長く思い会おう


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