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揚子江イルカ・バイジの絶滅


「揚子江の女神」として親しまれてきた揚子江イルカ、別名バイジ(白暨)が、どうも絶滅したらしい。チューリッヒに本拠を置くバイジ研究財団が、1997年に調査した時点で既に14頭まで激減しているのが確認されていたが、昨年12月の調査では、3500キロにわたる流域に一頭も発見できなかった。この結果を踏まえて、財団代表のプフルーガー氏が、このたび絶滅宣言を出したのである。

揚子江イルカは世界に4種類しか存在しない淡水イルカである。人体ほどの大きさで、白っぽい色をしており、漁師たちからはめでたい生き物として愛されてきた。殆ど目が見えず、音波を通じて仲間とのコミュニケーションを図っているというが、詳しい生態はわかっていない。研究が深まる前にこの世から消えてしまったのは残念だ。

バイジが絶滅した原因は揚子江の環境悪化にあると、プフルーガー氏はいう。三門峡のダムが出来たり、水上交通が肥大化して、揚子江はバイジたちにとって住みづらくなった。揚子江は今や川というより水のハイウェーといわれるほど、ボートの往来が激しく、場所によっては一キロの間に60隻ものボートが行きかう。目の見えないバイジは、ボートのモーター音に惑わされて巻き込まれてしまうことが多いらしいのである。

揚子江沿岸の都市化に伴って、川の水質汚染が進んでいることも影響している。また、人間による過剰な漁がバイジたちの食料を奪ってもいる。揚子江流域では、他の国では禁止されているダイナマイト漁が今でも行われており、水中の魚を根こそぎ殺してしまうのだ。

大きな船を通すために川底の浚渫が行われているが、これによって魚たちの生息環境が大きく破壊されてもいるらしい。バイジの絶滅どころか、近い将来、揚子江から魚がいなくなるのではないかとまで、懸念されているほどだ。

揚子江においては、バイジは食物連鎖の頂点に位置している。通常、食物連鎖の頂点にある生き物が死に絶えるということは、そこの環境が今までのものとはまったく異なったものになったことを意味する。

揚子江は長い間、比較的環境のよい川とされてきた。バイジのほかに、流域には4億人の人々が揚子江の恩恵を受けて暮らしている。川がバイジの生存を維持できないということは、やがては人間の暮らしを支えられないことにもつながっていくのではないか。専門家はそんな風に懸念している。

揚子江には、もう一つの淡水哺乳動物がいる。ネズミクジラ porpoise である。こちらは1990年代に1200頭生息していたのが、近年はその半分以下にまで減少してきている。このまま放置しておくと、バイジと同じ運命をたどることになるだろう。安全な環境に移住させて、人為的な保護を図らないと、そう遠くないうちに消えてしまうに違いない。

ところで、この変わった生き物を漢詩の中で歌ったものがないかどうか、筆者は調べてみた。すると、宋代の詩人孔武仲の《江豚詩》に次の一節を見つけた。

  黑者江豚 白者白鬐  黒いのはイルカ 白いのは白鬐
  状異名殊 同宅大水  さまは異なり名も違うが 同じく長江に住む
  淵有群魚 掠以肥已  水底に群魚がいると ヒレでもってとる
  兩兩出沒 矜其頰嘴  一緒に泳ぎ回って くちばしを自慢しあい
  若俯若仰 若躍若跪  附したり仰いだり 躍ったり跪いたりする

ここにいわれている「白鬐」がバイジをさしていると思われる。また、杜甫の詩「飲中八仙歌」には、次のような一節がある。

  飲如長鯨吸百川  飲むこと長鯨の百川を吸ふが如く
  銜杯樂聖稱避賢  杯を銜む樂聖は賢を避くと稱す

ここにある長鯨も、あるいはバイジをさしているのかもしれない。このほか、バイジらしいものを歌った例をご存知の方がおられたら、是非教えていただきたい。


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