ノックアウトマウス:カペッキ博士らにノーベル医学賞

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2007年のノーベル医学賞は、カペッキ Mario R. Capecchi 、スミシーズ Oliver Smithies 、エヴァンズ Sir Martin J. Evans の三氏に贈られた。受賞理由は、ノックアウトマウスというネズミを用いて人間の遺伝子研究を飛躍的に発展させたというものだ。

3人は古くからの友人同士であったそうだが、研究はそれぞれ別々に行っていたという。だがノーベル賞の賞金154万ドル(約1億8千万円)は仲良く分け合うことになった。

ノックアウトマウスとはどんなネズミをさしていうのか。他者をノックアウトするネズミということではない。自分の持っているおびただしい遺伝情報のうち、特定の遺伝情報を消去されたネズミのことだ。ノックアウトとはこの場合、打倒するという意味ではなく、取り除くという意味で使われているのである。

近年ネズミなどの動物やヒトゲノムの研究が急速に進み、いまではそこに含まれる遺伝情報の殆どが解読されるに至っている。だが膨大な遺伝情報を前に、それらの一つ一つがどのような働きをするかについては、未解明な部分が多い。

そこで、特定の遺伝情報の働きを知る手立てとして、カペッキ氏たちは、ネズミを実験台にして、その遺伝情報を消去してみた。消去されることによって、その個体が何をしなくなるか、それがわかれば当該遺伝情報の働きもおのずからわかるだろうという、逆転の発想をしたわけである。

ネズミも人間も同じ哺乳類であるから、両者の遺伝情報は95パーセントが共通する。共通する遺伝情報の消去によって得られた結果は、そのまま人間にも適用できる。こうして10万種類もの遺伝情報についてノックアウトマウスが作られ、その結果500種類の病気について、関係する遺伝情報が特定されるようになった。

病気と遺伝情報との係わりが解明されれば、予防から治療にわたって革命的な進歩が期待できるだろう。カペッキ氏らの業績は、我々人類にとって福音になるものだ。

そのカペッキ氏の半生についてニューヨーク・タイムズが紹介していた。それを読むと、筆者のようなものでも勇気を与えられる。

カペッキ氏はイタリアで生まれ、母親と二人暮らしの母子世帯に育った。だが氏が4歳のときに母親はナチスによってダッハウの強制収容所に送られてしまった。人間の皮を用いてハンドバッグを作っていたあの悪名高い収容所である。

母親は連行される前に、自分の運命を予感し、全財産を金に変えて知人に託した。その金で我が子を養育してもらえるよう、期待したのだった。知人はその金でカペッキ氏の面倒をみたが、金がなくなると幼いカペッキ氏を追い出した。

天蓋無縁の孤児になったカペッキ少年は、ストリートチルドレンの一団に投じて、乞食同然の生活をしながら厳しい戦争時代を過ごした。終戦の年には栄養失調になり、一年間療養生活を送ったという。

奇跡的に生き残った母親は、終戦後我が子を求めてイタリア中を捜し歩き、ついに再会することが出来た。母子はその後アメリカにわたり、そこで未来への希望をつないだのだった。

カペッキ氏が遺伝子科学に志したのは、DNAの二重螺旋構造を発見した、かのワトソン博士の薫陶によるものだ。だが、カペッキ氏の研究生活は順調なものではなく、周囲の無理解の中で孤立を余儀なくされることが多かったという。

それでも挫折せずに進んでこられたのは、少年時代になめた辛酸がバネになったからなのかもしれない。

(参考)3 win Nobel in Medicine for Gene Technology By Lawrence Altman : New York Times


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