遺伝子をめぐるパラダイムの変換:メンデルからの脱却

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メンデルの法則が1900年に再発見されて以来、科学者たちは遺伝子があらゆる生き物の生物学的な基礎になっていると考えてきた。人間についても同様で、細胞の中に存在している遺伝子という実体が、あらゆる人を生物学的に条件付けていると考えられた。

たとえば、遺伝性の疾病についていえば、それらを発症させる特定の遺伝子が染色体上のどこかに実体として存在する、そうした考え方が有力だったわけである。

ワトソンとクリックが1953年にDNAの二重螺旋構造を発見して、遺伝科学は飛躍的に発展するが、それでも実体としての遺伝子という考え方は揺らぐことがなかった。

ところが最近、この実体としての遺伝子とはフィクションだとする見方が決定的になってきた。メンデル以来遺伝を巡る知の枠組みとされてきたパラダイムが変換しつつある。

生物の遺伝的形質を左右するのはDNAに書き込まれた遺伝情報のコードであるが、このコードとはソフトウェアのプログラミングシートのようなもので、比喩的な意味での言語で書かれている。その言語はわずか4種類の文字から出来ており、これらが組み合わさることで、文章が出来上がり、その文章の示すところにしたがって生き物の具体的なあり方が成立する。こう考えられるようになったのだ。

いまや科学者たちは、特定の遺伝性質を担った物質を捜し求める代わりに、DNAに書き込まれた遺伝情報を読み解き、どのような場合にどのような疾病が発症するのかを研究する段階に入った。まさに、遺伝科学分野におけるパラダイムの変換というべき事態が生じているのである。

こうした遺伝科学分野での新しい動きを最新号の NEWSWEEK が特集している。Biology Reborn : A Genetic Science Breakthrough By Lee Silver

人間の場合、DNA に書き込まれた遺伝情報の総体は30億にものぼる。だからこれらすべてを人力で解読するのは至難の業だと考えられる。だが先述したように、それらを構成している文字はわずか4種類(A,C,T,G)であり、人間の細胞を構成する蛋白質は21種類である。遺伝情報や細胞そのものは複雑でも、構成単位がシンプルであれば、遺伝情報の内容と、その指令によって形成ざれる蛋白質の種類は、機械によって読み解いていくことが出来る。遺伝情報と蛋白質との関連が解明できれば、遺伝情報と疾病の因果関係も明らかにしうる。

無論そのためには、特定の遺伝情報と特定の疾患がどのように対応しているかを、統計的に明らかにする作業が必要になる。ステファンソンは、アイスランド人30万人について、過去数世代にも遡り、その疾病歴とDNAの遺伝情報を照合させることによって、この対応関係を明らかにする研究を続けてきた。アイスランド人は、国民のほとんどについて、ヴァイキングの時代にまで遡る血縁関係のデータを掌握しており、これを研究に用いることによって、遺伝と疾病との関係について、長い歴史的スパンの中で明らかにできたというのだ。

こうした作業によって、いまや糖尿病や心臓病、前立腺がんや乳癌、統合失調症、躁うつ病をはじめ、多くの疾病の遺伝科学的なメカニズムが解明されるに至っている。

疾病が起きるメカニズムは、どうやら遺伝情報のデータが何らかのきっかけで変化し、それにともない、疾病につながる蛋白質の合成が始まることがきっかけになっているようなのだ。いちど発生したデータは無論、遺伝情報として子孫に受け継がれる。

このような知見をもとに、予防法或は治療法として、遺伝情報自体を書き換えることも展望に入ってきている。

20世紀がアインシュタインの相対性理論によって動かされた時代であるのに対して、21世紀は遺伝科学が世界を動かしていくだろうと、記事は予想している。今年はその記念すべき年になるだろう。というのも、遺伝科学をめぐるパラダイムの変換が明確になり、人間の健康や疾病に関する研究に確固とした指針がもたらされたのは、今年だからというのだ。

今後遺伝科学は飛躍的に発展し、人間の疾病や健康に関する情報はますます豊かになるだろう。その恩恵を蒙ることで、今年生まれた赤ちゃんは、来世紀にまで元気に生き延びることが出来るだろうと、記事は予測している。


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    このページは、が2007年10月20日 18:39に書いたブログ記事です。

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