猿の売春?サービスの対価としてのグルーミング

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売春は人類の歴史上もっとも古い職業の一つである。それはまた、人類にのみ見られるものだと考えられてきた。売春とは経済的な対価と引き換えに性的交渉をすることを意味し、そこには未来の確実性に対する予測や、ギヴ・アンド・テイクに関する比較考量といった精神的な過程が介在する。したがって高度な知性を備えるに至った我々人類の祖先にして、始めて行い得た行為と考えられてきたのである。

ところが売春に似た行為は一部の猿の間でも見られるらしい。

インドネシアのサリマンタン島に生息する尾長猿の生態を観察していた研究グループは、オス猿がメス猿との交尾を目的に、メス猿に対して対価を支払う現場をしばしば目撃した。グループはこれを人間社会の売春に相当するのではないかと推測し、その様子を “Payment For Sex in a Macaque Mating Market” という報告書にまとめて発表した。

報告書によれば、オス猿は目当てのメス猿に対して、グルーミングをすることによって、交尾の機会を得るという。グルーミングは、人間の目から見れば、猿の社会の挨拶のようなもので、弱いものが強いものに対して行なうと考えられている。子どもは大人に、メスはオスに、下位のものは上位のものに対して行なうのが普通である。だからオスがメスに対してグルーミングを行うことは珍しい現象である。

グルーミングはしかし、単に挨拶の手段として用いられるばかりではなく、ノミやシラミを取り除くといった実際的な効用もある。こうした実用を目的として、親が子のシラミを取り除く行為は、グルーミングとは言われないが、内実は似たような行為である。

オスがメスに対してグルーミングすることが、何故セックスに結びつくのか、よくわからぬところだが、研究者たちはこれを性的交渉のための対価であるとみている。人間社会の場合には、売春の対価は貨幣によって支払われるが、猿の場合にはグルーミングが対価に相当するというのである。グルーミングは、性的目的のほかにも、たとえば食料を貰うためとか、子どもの面倒を見てもらうためとか、特別のサービスを期待する場合にも行なわれる。こうしてみると、猿の社会では、グルーミングは貸し借りの決済手段に相当する役割を果たしているようなのである・

尾長猿の社会にあって、明らかに性的交渉を目的としたような場合、対価としてのグルーミングは事前になされる。前払いというわけだ。

人間の社会と同じく、尾長猿の社会においても、対価を介在させた性的行為は、男女が結びつく機会に左右されるようだ。両者がバランスよく結びつける集団にあっては、オスはメスの獲得に苦労しないから、わざわざグルーミングでメスをつるという現象も起こらない。

猿の集団のなかのオスが、何らかの要因によりメスを獲得できない場合、性的衝動のはけ口を求めて同性愛に走ったりすることは、これまでも観察されてきたところである。これに一部のメスがオスの性的欲求を利用して、サービスの対価を求めるようになったのが、尾長猿の社会における擬似売春行為なのかもしれない。

経済的な対価を目的とした性的交渉は、どうやら人間社会特有のものではないようだ。だが研究者たちは、自分たちの発見に対しては、淡々と事実を述べるに留まって、それ以上のことは何も言わないようにつとめている。


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