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時計 L'Horloge :ボードレール


ボードレール詩集「悪の華」 Les Fleurs du Mal から「時計」 L’Horloge を読む。(壺齋散人訳)


時計

  悪意に満ちた恐るべき神 時計が
  その爪で我らを脅していう 「忘れるな!
  今にも震える苦痛が おののく汝らの
  心を的のようにとらえるだろう 

  はかない快楽は地平線の彼方に消え去る
  シルフィードが楽屋裏に消え去るように
  刻一刻と喜びの種が食いつぶされ
  いつでも手にできたものが消え去っていく

  一時間に3600回 秒針はささやく
  すばやく 昆虫のような声で、 忘れるな! 
  そしていうのだ 余は過去だと
  余の汚れた文字盤は汝の命を吸い取るのだと

  放蕩息子よ 忘れるな Esto memor!
  (世の金属の咽喉はあらゆる言語を話せるのだ)
  一分ごとを鉱脈のように大事に使え
  金を取り出さぬまま逃してはならぬ

  忘れるな! 時間は貪欲な競技者だ 
  時間は常に勝つ それが法則というものだ
  時間につれて日は傾き 夜は深まる、忘れるな!
  深淵は渇き 水時計も空になる

  やがて時報の鐘がなると 運命も
  美徳も 汝の処女なる妻も 悔恨も 
  すべてが口を揃えて言うことだろう
  死ね 老いたる怠け者よ 時は既に過ぎたのだ!」 

ボードレールにとって、時間という概念は強迫観念のようなものだった。時間は今を幸福に染めるものではなく、過ぎ去ったものへの悔恨の象徴であり、未来に対しては、なすべきにしていまだなすことのできないものを思い起こさせる、警笛のようなものだった。時計とはボードレールにとって、そのような警笛を鳴らすものだったのである。

ボードレールは「敵」 L’Ennemi の中で、時間を敵に見立て、「時が命を食いつぶす」と歌っていた。また、ある散文の中では、「幕がとっくに下ろされたのに、自分はまだ何かを期待していた」とも語っている。こうした感情のよって来る所以は、時間は有限の区切りを持つものだという、ボードレールなりの発見だったのだといえる。

ボードレールの生涯は、いつも過去に対する挫折感と、未来への定まらぬ不安感にさいなまれていた。自分が生きていることのうちに時間が流れていくのではなく、時間の流れによって自分がせきたてられているのだ、そうボードレールは感じ続けていたのである。

時間に対する精神のこのような関係は、近代人特有のものだ。我々を含めて近代社会に生きる人間は、時間とうまく付き合えないと感じるとき、精神の病に陥る。


L'Horloge - Charles Baudelaire

  Horloge! dieu sinistre, effrayant, impassible,
  Dont le doigt nous menace et nous dit: «Souviens-toi!
  Les vibrantes Douleurs dans ton coeur plein d'effroi
  Se planteront bientôt comme dans une cible;

  Le Plaisir vaporeux fuira vers l'horizon
  Ainsi qu'une sylphide au fond de la coulisse;
  Chaque instant te dévore un morceau du délice
  À chaque homme accordé pour toute sa saison.

  Trois mille six cents fois par heure, la Seconde
  Chuchote: Souviens-toi! — Rapide, avec sa voix
  D'insecte, Maintenant dit: Je suis Autrefois,
  Et j'ai pompé ta vie avec ma trompe immonde!

  Remember! Souviens-toi! prodigue! Esto memor!
  (Mon gosier de métal parle toutes les langues.)
  Les minutes, mortel folâtre, sont des gangues
  Qu'il ne faut pas lâcher sans en extraire l'or!

  Souviens-toi que le Temps est un joueur avide
  Qui gagne sans tricher, à tout coup! c'est la loi.
  Le jour décroît; la nuit augmente; Souviens-toi!
  Le gouffre a toujours soif; la clepsydre se vide.

  Tantôt sonnera l'heure où le divin Hasard,
  Où l'auguste Vertu, ton épouse encor vierge,
  Où le Repentir même (oh! la dernière auberge!),
  Où tout te dira Meurs, vieux lâche! il est trop tard!»


関連リンク: 詩人の魂ボードレール >>悪の華

  • ポール・ヴェルレーヌ:生涯と作品

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