陶淵明:山海経を読む。

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山海経は中国最古の地理書である。地理書といっても、単なる地理を記したものではなく、各地にまつわる神々や妖怪、珍獣の類について、空想力豊かに記している。成立したのは秦から漢にかけての頃と推測されているが、古い部分は周の時代に遡ると思われる。その中には、神話の記述も含まれ、古代の中国を知る上で貴重な文献である。

もともとは、絵と解説の二つの部分からなっていたと思われるが、現在では絵の部分は失われた。しかし、全編にあふれている怪力乱神の類をみれば、そこに付されていた絵も、人の創造力を刺激するようなものであったに違いない。

陶淵明は、この山海経をこよなく愛読していた。おそらく陶淵明の読んだ山海経は絵入りのものであったろう。陶淵明はそれらを読みながら、旧きよき時代を追想し、怪獣、妖怪、超人の話に心をわかせた。そしてそれらの超自然的な能力や技について、深い共感を覚えたことだろう。

陶淵明は、そうした共感や自らが覚えた空想を、山海経の読後感というかたちで、幾編かの詩にした。いずれも、陶淵明が怪力乱神に寄せて吐露した激しい思いが伝わってくるものばかりである。

ここではまず、全体の序というべき「其一」を取り上げてみよう。


讀山海經其一

  孟夏草木長  孟夏 草木長じ
  遶屋樹扶疏  屋を遶りて樹扶疏たり
  衆鳥欣有託  衆鳥は託する有るを欣び
  吾亦愛吾廬  吾も亦吾が廬を愛す
  既耕亦已種  既に耕しては亦た已に種ゑ
  時還讀我書  時に還りて我が書を讀む
  窮巷隔深轍  窮巷は深轍を隔て
  頗迴故人車  頗る故人の車を迴らす
  歡言酌春酒  歡言しては春酒を酌み
  摘我園中蔬  我が園中の蔬を摘む
  微雨從東來  微雨東より來り
  好風與之倶  好風之と倶にす
  汎覽周王傳  汎覽す周王の傳
  流觀山海圖  流觀す山海の圖
  俯仰終宇宙  俯仰して宇宙を終せば
  不樂復何如  樂しからずして復た何如

初夏になって草木が伸び、我が家の周りには樹木が繁茂する、鳥たちは喜んで巣作りに励み、わたしも自分の家が気に入っている

野良仕事に精を出し、家に帰ると読書を楽しむ、狭い道には車も入って来れぬから、わずらわしい付き合いをしなくてすむ

近隣の人たちと歓談しては酒を酌み交わし、肴に庭の野草を食う、小雨が東のほうから降ってくると、それに伴って気持ちのよい風も吹く

周王の傳を詳しく読み、それに添えられた絵に目をやる、寝ながらにして宇宙のことがわかるのであるから、こんなに楽しいことはない


閑居して農作業の合間に、山海経を読むさまが歌われている、流觀山海圖とあるから、陶淵明の読んでいた本には絵がつけられていたのである、この本を寝転がりながら読むと、宇宙のことがよくわかると、まずは読書生活の楽しさを歌って、序に変えているつもりなのだろう


関連リンク: 漢詩と中国文化陶淵明


  • 五柳先生伝(陶淵明:仮想の自叙伝)

  • 責子:陶淵明の子どもたち

  • 陶淵明:帰去来辞

  • 帰園田居五首:田園詩人陶淵明
  • 桃花源記 :陶淵明のユートピア物語

  • 閑情賦:陶淵明のエロティシズム

  • 形影神(陶淵明:自己との対話)

  • 擬挽歌詩:陶淵明自らのために挽歌を作る

  • 自祭文:陶淵明自らを祭る

  • 飲酒二十首

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  • 中国古代の詩:古詩源から

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    このページは、が2008年2月18日 21:29に書いたブログ記事です。

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