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盗まれた腎臓:インドの違法臓器移植


先日ニューデリー郊外の都市グルガオン Gurgaon において、違法な臓器移植を手がけていた闇医療グループが摘発された。このグループはアミット・クマルという男が運営するもので、過去8年間ほどの間に、少なくとも500件の違法臓器移植を手がけてきたとされる。そのやり方は、ドナーをだましたり、脅したりして、強制的に臓器を取り出すというもので、きわめて悪質なものであった。

被害者の1人モハマド・サリム・カーンがどのようにして彼らに腎臓を盗まれたか、その様子をニューズウィークが紹介している。カーンは失業中の身で、ウッタルプラデシュで職を探していたところ、見知らぬ男たちからいい仕事話を持ちかけられた。長い間まともな仕事にありついていなかったカーンは、男たちを疑うことなく、二つ返事で彼らについていった。ところが案内された場所につくと、カーンはいきなり殴られたうえ、注射で眠らされ、目覚めたときには、片方の腎臓が取り去られていたというのだ。

カーンは仕事にありつけなかったばかりか、とられた腎臓の報酬も受け取れず、他人にこのことをばらしたら、殺すぞと脅された。カーンは5人の子どものほか母親や二人の妹の面倒を見なければならぬ身なのに、腎臓を失った今は力仕事もままならず、この先どうやって暮らしていけるのか途方にくれている。

カーンと同じような目にあったものは、他にも多数いるらしい。今回の摘発は、そうした被害者の1人が手引きしたからできたのだ。

しかしこのようなホラー映画じみたことが、何故まかり通っているのだろうか。それはインドの臓器移植のゆがんだ歴史に一因がある。

かつてのインドでは臓器の売買が大手をふるって行われていた。片方の腎臓を売ることによって、数年分の年収に匹敵する報酬が得られた時期もあった。インドでは何億という人々が、昔はもとより今でも、飢餓線すれすれの収入しか得られない。だから自分の腎臓を提供するものに事欠かなかったのである。そのような人々の様子は、数年前にテレビ報道で伝えられたことがあるから、見た方も多いことだろう。(筆者は、娘の嫁入り支度をするために、自分の腎臓を売る男を描いた報道番組を見たことがある。)

一方、腎臓を欲しているものは、アメリカやカナダなどを中心に世界中にいる。その人たちは、インドに行けば比較的容易に腎臓移植を受けられると聞き、生きる望みを託してやってくる。ブローカーたちは、そうした人々と貧しい腎臓提供者との間を媒介して、巨額の利益を得てきたのである。

しかしその後、臓器移植に関する取締りが厳しくなった。現行法では原則として近親者間の移植をのぞいては許されていない。金目当ての臓器売買は非合法とされ、自分の意思で臓器を売ったものも処罰の対象となった。

こんな事情から、インドでは商業的な臓器移植は非合法のアングラビジネスになったのである。今回摘発されたクマルは、業界筋ではドクター・ホラーとかドクター・ドラキュラとか呼ばれ、グルガオンを拠点に大規模な移植ネットワークを持っていた。非合法化される以前からこのビジネスを手がけており、1994年にムンバイで始めて摘発された。だがうま味を忘れられなかった彼は、保釈されるとすぐにデリーでビジネスを再開した。2000年には二度目の摘発を受けている。このときも保釈金を支払って2週間ほどでビジネスを再開している。

2006年には、臓器の謝礼をめぐってトラブルが起こり、ある農夫がクマルの不法行為を警察に訴え出たが、そのときには警察は農夫の言い分を相手にしなかった。臓器の売買は法で禁止されているのであるから、売ったものからの訴えは、処罰することはあっても、まともに相手にする価値はないとみなされたのだろう。

クマルたちは、かつては金に物を言わせていくらでも集めることの出来た腎臓が、最近では思うように集まらなくなったと感じ始めたのだろう。それで、人をだまして臓器を盗み取るような荒っぽいやり方を始めたのだと思われる。

インドはいまや中国とともに、経済的な躍進が目覚しい国である。だが農村部ではその恩恵にあずかれず、貧しさにあえぐ人々が膨大な数に上る。非合法化されたとはいえ、こうした人々がいる限り、臓器売買のビジネスは根絶やしにはならないかもしれない。

(参考)Stolen Kidneys By Jason Overdorf : Newsweek


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