ワインの精 L'Ame du Vin :ボードレール

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ボードレール詩集「悪の華」 Les Fleurs du Mal から「ワインの精」L'Ame du Vin を読む。(壺齋散人訳)


ワインの精

  ある夕べ ワインの精がボトルの中で歌っていた
  「汝 呪われた人間よ 余はガラスの牢獄から
  また緋色の澱の底から 汝に歌を贈る
  光り輝き 友愛に満ちた歌を

  余に命をもたらし 余に魂を吹き込むためには
  炎熱の丘の上で日の光を浴びさせながら 
  農夫の労苦が葡萄を育てねばならぬ 
  それゆえ余は恩知らずでも 意地悪でもないのだ

  労働に疲れ果てた男の咽喉を通るとき
  余は限りない喜びを感ずるのだ
  そして男の暖かい腹は余にとっては
  冷たい樽の中よりはるかに心地よい

  賛美歌のようにこだまする声が聞こえるか?
  余の胸に鼓動する希望の音が聞こえるか?
  袖をまくりあげ テーブルにひじをつき
  汝は余をたたえ 余に満足するだろう

  余は汝の妻の目も生き生きと輝かせてやろう
  汝の息子たちにも力強い顔色を与えてやろう
  余はまた筋肉をたくましくする潤滑油となって
  人生の競技者たちの力になってやろう

  永遠に種まく人が育てた葡萄の果汁よ
  余はワインの精として汝の中に化肉し
  汝とともに愛を育てて一遍の詩を生み出し
  類まれな花のようにそれを神に捧げよう」

ワインは、タバコとアシーシュと並び、ボードレールの生き方を彩った小道具の一つだ。小道具というより、彼の人生そのものの一部をなしていた。それ故彼は、悪の華に「ワイン」と題する章を設けて、そこに五つの詩をさしはさんだのである。

ブリア・サヴァランが「美味礼賛」を出版して、食道楽の間で大いに喝采を博したことがあった。なにしろこの本は、ミシュランのガイドブックにつながる、フランス人の食への関わり方の原点になったとも言われている本である。そこでボードレールも興味を覚えて、その中でワインがどのように描かれているかを確かめてみた。するとそこには、ワインは葡萄から作られた酒精であるとのみ書かれていたのである。

これを読んで、ボードレールは激しい怒りを覚えた。ワインが葡萄から作られた酒精であることくらい、リセの学生でさえ知っている。ブリア・サヴァランはワインのことを何もわかっていない。ワインは確かに酒精ではあるが、単なる酒精にはとどまらないのだ。それは人に生きる力をもたらす特別の飲み物だ。ワインのことを「命の水」eau de vie ともいうではないか。

この詩は、ワインに寄せるボードレールの、そんな熱い気持ちが込められた作品なのである。


L'Ame du Vin - Charles Baudelaire

  Un soir, l'âme du vin chantait dans les bouteilles:
  «Homme, vers toi je pousse, ô cher déshérité,
  Sous ma prison de verre et mes cires vermeilles,
  Un chant plein de lumière et de fraternité!

  Je sais combien il faut, sur la colline en flamme,
  De peine, de sueur et de soleil cuisant
  Pour engendrer ma vie et pour me donner l'âme;
  Mais je ne serai point ingrat ni malfaisant,

  Car j'éprouve une joie immense quand je tombe
  Dans le gosier d'un homme usé par ses travaux,
  Et sa chaude poitrine est une douce tombe
  Où je me plais bien mieux que dans mes froids caveaux.

  Entends-tu retentir les refrains des dimanches
  Et l'espoir qui gazouille en mon sein palpitant?
  Les coudes sur la table et retroussant tes manches,
  Tu me glorifieras et tu seras content;

  J'allumerai les yeux de ta femme ravie;
  À ton fils je rendrai sa force et ses couleurs
  Et serai pour ce frêle athlète de la vie
  L'huile qui raffermit les muscles des lutteurs.

  En toi je tomberai, végétale ambroisie,
  Grain précieux jeté par l'éternel Semeur,
  Pour que de notre amour naisse la poésie
  Qui jaillira vers Dieu comme une rare fleur!»


関連リンク: 詩人の魂ボードレール >>悪の華

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    コメント(1)

    はじめまして・・・
    ネット検索で流れ着いて良い物を読まさせて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。

    ここに流れ着いたきっかけは、ワインなのですが
    フランスのボルドーという地域に
    Chateau Chasse Spleenというワイナリーがありまして
    そのワイナリーの名前を
    フランスの作家が名づけたようにうろ覚えしていて
    wikiでフランスの著名作家で検索し
    なんとなくボードレールであった気がして
    さらにgoogle検索したところ
    散人さんのワインの精の訳に到着しました。
    (実際は、イギリスの作家でした)

    私も日頃、ワインを嗜む
    というよりは
    人殺しのワインの主人公に近い感じなのですが
    2世紀近い昔に書かれた詩に深い共感を抱きました。

    私自身も雑多な詩を時々書くのですが
    もちろんワインを題材としたものも書いたりするのですが
    よく考えてみるとワインの本質を衝くようなものを書いていなかった。
    つまり、例えば先に挙げたChasse Spleenがどんなものであるかを
    詩的に表現しようと試みたりはしていたのですが

    ワインをテーマにしているにも関わらず一番最初にあるべき主題を見落としていた。

    ワインとは?と訊ねられたら
    今までは、ボードレールが立腹させるような答えしかできなかったと思います。

    今日、散人さんの訳詩を読んで
    ワインにまた少し近付けた気になれたのも嬉しくて。

    とにかく、ありがとうございました。

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