ネット上の罵り合い

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インターネットの普及は人間同士のコミュニケーションのあり方を大きく変えつつある。メールやブログあるいはSNSといったコミュニケーションツールを通じて、個人間や企業間のコミュニケーションが飛躍的に便利になった。いまや我々は、地球上のどこにいても、いついかなるときにおいても、話しかけたい相手にメッセージを発信し、オンラインで互いに情報をやり取りすることができる。

この新しいタイプのコミュニケーションは、利便性に優れた面とともに、困った側面も持っている。いわゆる学校裏サイトが、生徒間のいじめの舞台になっていることなどは、その顕著な例だ。

ところで先日、喫茶店で不快な思いをした客が、自分のブログにその憂さ晴らしの記事を載せ、それがもとになって大フィーバーに発展したことがあった。ネットがインターフェイスの当事者を越えて、擬似観衆を巻き込んでの喧嘩の舞台になったのだ。その様子を、ワシントンポストの最近号が伝えているので、紹介したい。

ある日アーリントンのマーキーという喫茶店にブルックリンからやってきたシマーソンという男が入り、エスプレッソのアイスコーヒーを注文した。するとバーテンダーは、自分の店ではエスプレッソのアイスコーヒーはメニューにないといって断った。冷たいエスプレッソが飲みたかったシマーソンは、仕方なく普通のエスプレッソに加えて、グラス一杯分の氷を注文し、自分でエスプレッソのアイスコーヒーを作って飲んだ。

バーテンダーはそれをみて、シマーソンはコーヒーの飲み方がわかっていないと罵った。エスプレッソとは深煎したコーヒー豆をもとに、濃淳な風味に仕上げたコーヒーだ。普通このコーヒーを注文する客は、思いっきり濃いコーヒーを飲みたいと思っていることが多い。だからそれをわざわざ氷、つまり水で薄めるのは、エスプレッソ本来の味わい方に反しているといえる。バーテンダーの言い分にも一理あったのだ。

だがシマーソンにしてみれば、コーヒーをどのようにして飲もうと、それは客の自由に属することだ。エスプレッソに氷を入れて飲むことが、いいことか悪いことか、その判断は客が自分で決めればいいことで、他人からからとやかくいわれる筋合いではない。それをこのバーテンダーは、客の趣味にかかわる事柄について、あれこれとうるさく介入したばかりか、自分の考えに合わないからといって、口汚く罵った。

バーテンダーの態度をそう解釈してすっかり腹をたてたシマーソンは、チップに出した1ドル札に、バーテンダーを口汚く罵る言葉を書いて店を出たが、それでも虫がおさまらず、自分のブログにことの始終を書いてアップロードした。さらにマーキーのブログサイトにも、店の対応を厳しく批判する記事を載せた。

これに対してマーキーの社長ニコラス・チョーが反論をした。たかがコーヒーといえども、そのサービスには店のポリシーがある。当店のエスプレッソは特別の技術を以て作られており、それを氷で薄めたり、ましてミルクを入れるなどはとんでもないことだ。このポリシーを分かち合う気持ちのない人には、当店のコーヒーを飲む資格はない、と。

お互いに大変な剣幕だが、喫茶店は、アメリカでは、たかがコーヒーを飲ませるだけの存在にはとどまっていないようなのだ。サービスする側もされる側も、コーヒーの飲み方に関しては、哲学のようなものを持っている。

そんなことからこの論争は一般の人の注意を引き、シマーソンとマーキーのそれぞれのサイトには、賛否さまざまな記事が寄せられた。シマーソンのサイトだけでも、数日間で10万件を超える反響があったというから驚きだ。

双方とも互いに論争をエスカレートさせていき、観客に煽られる形で、次第に過激な言葉を掛け合うようになった。シマーソンが灯油とマッチを持参してお前の店でコーヒーを沸かしてやると脅せば、マーキーのほうでは、お前の姿を認め次第拳骨を食らわしてやるといった具合だ。

そのうち二人とも、自分たちのしていることの異常さに気づいたらしく、休戦協定を結ぶに至った。

それにしても、この事態は、コーヒーの飲み方に関する議論の材料を提供したにとどまらず、ネット上の情報のやり取りが、時にグロテスクなものに発展しがちであるということを、人々に気づかせた。ネット上のやり取りは対面交通と違って、互いの顔が見えないので、罵りあいも常軌を逸したものになりやすい。これに無責任な第三者が介入して、当事者を面白おかしく冷やかしたり、煽り立てたりするものだから、対立には歯止めがかからなくなる。やめぎわを探るのもむつかしい。

互いに顔の見えない相手とのコミュニケーションには、それにふさわしいエチケットの確立が必要なようだ。


関連リンク: 日々雑感

  • ネット上の仮想世界 Second Life

  • ロリコンサイトの摘発

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    このページは、が2008年7月26日 18:12に書いたブログ記事です。

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