怠け者の遺伝子?

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世の中には勤勉で働き者の人間がいる一方で、働くことの嫌いな怠け者の人間がいるものだ。これは動物についてもいえる。「ナマケモノ」のように、種全体が怠け癖に染まった動物がいるほか、一例をネズミにとって見ても、動き回るのが好きなやつと、じっとしているのが好きなやつが混在している。

適度に体を動かすことは健康を維持するために有益なことだ。そうわかっていながら、なかなか体を動かすことのできない人々がいるのは、不思議なことだ。これには何か特別の理由でもあるのだろうか。もしかしたら、遺伝子のうちに、そのカギが潜んでいるかもしれない。こう考えた研究者がいる。

アメリカの動作学者ライトフット博士のグループは、ネズミを実験材料に使って、運動に対する嗜好性と遺伝子との関連について研究を重ねてきた。その結果ネズミにおいては、運動の好き嫌いの傾向とゲノムのある一定の配列との間に密接な相互関係があることを突き止めた。少なくともネズミにおいては、運動の好き嫌いは、遺伝子によって、先天的にプログラミングされている可能性が高いというのだ。

博士たちは運動好きのネズミのグループと運動嫌いなネズミのグループを選び出し、彼らのゲノムの配列を記録した上で、相互に交配を繰り返し、その子孫310匹について、運動への嗜好性に関する実験をした。いずれも生後9ヶ月のネズミたちを、車輪を据えたかごの中に入れ、彼らがその車輪をどう使うか、3週間にわたって追跡調査したのである。

運動好きのネズミは車輪をこいで、一日平均5マイルから8マイルに相当する距離を走る運動をした。(これは人間の場合でいえば50キロから80キロに相当する)運動嫌いなネズミはせいぜい0・3マイル相当しかこぐことがなかった。そんなネズミの中には、車輪に木片をかぶせてベッド代わりにしたり、車輪をトイレとして使ったものもあった。とにかく車輪を使って運動することなど、彼らには思いもよらないのだ。

次にこのネズミたちのゲノムの配列状況を調べ、どのような配列が運動の好き嫌いと結びついているか調べてみた。すると、およそ20通りの配列パターンが、運動量のレベルと密接に関連していることが確かめられたのである。

博士たちによれば、運動の好き嫌いがすべてゲノムの配列に影響されているかといえばそうではなく、50パーセント程度の確率だという。しかし運動好きのネズミについていえば、75パーセントの確率で、ゲノムの配列が運動のレベルに影響している。

ではなぜ、特定のゲノムの配列が運動のレベルと関連しているのか。そのメカニズムについてはまだ確かなことはいえないようだが、博士たちが可能性の高い仮説として考えているのは、そのようなゲノムの配列が、特定の脳内物質(ドーパミンおよびセロトニン)の分泌を促す作用を持つということだ。これらの物質には、動物たちの感性に働きかけて、心身の動きを活発にする作用が認められている。

博士たちは、ネズミの実験結果は人間にも援用できると考えている。人間もまた、ゲノムの配列に促されるような形で、運動が好きになったり、嫌いになったりしている可能性が高い。

とはいえ、人間は理性的な生き物である。それは生まれながらの宿命を、意思の力によって克服できることを意味している。

運動は間違いなく健康によいのであるから、生来怠けがちな傾向を持つ人でも、それが遺伝子による宿命だなどといって開き直ることはない。意思を硬く持って、適度の運動に努めるほうが、自分のためになるのだ。


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    このページは、が2008年8月14日 18:30に書いたブログ記事です。

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