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インフレーションのグローバル化


ガソリン価格の上昇と食料品の相次ぐ値上げが、日本の消費者を直撃している。ガソリンはともかく、食料品まで値上げラッシュに見舞われている事態は、不気味なものを感じさせる。こうした値上げが、他の消費財にも広がるようようだと、広範なインフレの懸念が現実味を帯びてくる。長い間、物価の安定に慣れ親しんできた日本人にとっては、深刻な事態というべきだろう。

ガソリンと食料品価格の上昇は日本に限ったことではない。紛れもないインフレーションが、過去数ヶ月の間に世界中に広がってきている。日本の価格上昇はこうした世界の流れを反映しているのだ。

特に深刻なのが開発途上国で、食料品を中心にハイパーインフレが吹き荒れている。モルガン・スタンリーの報告によれば、190か国中50カ国が二桁のインフレに見舞われているという。アメリカも17年ぶりに消費者価格の大幅上昇を記録した。ロシアでは、インフレへの先行き懸念から、食料品や日常品を買い占める動きが強まり、中国では燃料価格の上昇を被って深刻な電力不足に陥っている。

つい最近まで世界経済は順調そのものに思われたのに、なぜこんなにも急速に事態が変化したのか。

実際今世紀に入ってからの世界経済は、過去に例をみない空前の好景気を記録してきた。2003年度から2007年度までの5年間における世界のGDPは毎年5パーセントを上回っていたのである。

この記録的な好景気は、経済のグローバル化の賜物だと分析されてきた。中国、インド、ロシアといった新興の国々が世界経済に参入し、安くて豊富な労働力と巨大な市場を供給し続けることで、世界経済を活性化させてきた。日本が長い間の不況から脱して上向き基調に転じたのも、このようなグローバル化の波に乗ったことが大きく作用していた。

ところが、その同じ新興国が、経済発展の恩恵として、巨大な消費者に変貌してきた。その消費意欲の圧力が、まずガソリンや食料品価格の引き上げをもたらしているのである。

中国やインドの経済発展は、その国の労働力価格の引き上げをももたらしている。もはや一昔前のように、中国に安い労働力を期待することはできない方向に向かいつつある。

かくて、かつては低価格の商品を世界に輸出し、世界的な物価の安定に寄与していた国が、今度はインフレを輸出する立場へとシフトしてきている。

金融面では、先進諸国の通貨政策がインフレを助長する方向に作用した。2001年のテック・バブルの崩壊以降、各国の中央銀行は一貫して公定歩合を低くする政策を取ってきた。これに加えてアメリカは、昨年のサブ・プライムローン問題への対応で、低金利政策に一層の拍車をかけた。そうした先進諸国の動向は、中国などにも圧力となり、必要のない国まで低金利政策に走った。この結果市場にあふれ出た金がインフレへの強い圧力となった。

今回の世界的なインフレを、1970年代のインフレと比較する見方がある。70年代のインフレは高い失業率を伴っていて、スタグフレーションの様相を呈していた。今回もまかり間違えば、その二の舞になりかねないという見方だ。

だが70年代と今回とでは、大きな違いがある。70年代には食料品など生活必需品も値上がりしたが、資材のあらゆる部門で値上がりが生じた。むしろコア・インフレと呼ばれるように、生産活動に密着した財が大幅に値上がりした。

これに対して今回のインフレでは、ガソリンと食料品価格がインフレを引っ張る主要なファクターになっている。だから70年年代とは違って、そう深刻にならないだろうとの楽観的な見方もある。

いずれにしても、今回のインフレは30数年ぶりの大規模なものだ。しかも、世界同時並行的な現象である。これまでは世界経済を活性化させる方向に働いてきたグローバル化が、いまや一転して、インフレーションのグローバル化に転化しているのである。

世界中の国々が共同して事態の沈静化に努めないと、取り返しのつかないことになりかねない。


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  • アメリカの金融不安:ベアー・スターンズの崩壊

  • ドイツでも拡大する経済格差

  • 台頭する中国:脆弱なスーパーパワー

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