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原爆の投下訓練:パンプキン爆弾


戦後63年を経て、日本人の戦争体験が風化しつつあるといわれるが、その中で1945年3月10日の東京大空襲に始まる戦争末期の無差別爆撃については、体系的な調査も十分とはいえなかった。この無差別爆撃は、初期の爆撃が主に軍事施設を対象にしていたのとは異なり、一般の住宅地域を標的にしたもので、膨大な数の庶民が犠牲になった。米国はこれを、日本人の戦意を喪失させるために必要な行為だったと弁明している。

無差別爆撃の中でも、とりわけ巨大な爆弾を用いたものがあったことは、今までおぼろげに知られていたようだが、それが実は原爆投下のための予行演習だったことが次第に明らかになってきた。15年前に公開された米軍の軍事秘密資料を解読してきた日本の研究者たち(愛知と山口の教員)が、その全体像を追及してきた成果である。その過程をNHKの報道番組が紹介していたが、それをみた筆者は非常な関心を覚えた。

それによれば、米国はマンハッタン計画の一環として、原爆の完成以前にそれを投下するための部隊を編成して、その日に備えていた。この部隊は509特殊部隊といって、隊長はあのエノラ・ゲイの機長ティベッツであった。一般の隊員には任務の詳細についてはほとんど知らされていなかったという。

米国はウラン型の原爆とプルトニウム型の原爆を平行して開発していた。広島に投下されたのはウラン型、長崎に投下されたのはプルトニウム型である。そして1945年7月16日、最初の原爆実験が行われた。広島への投下に先立つことわずか3週間である。

ここでいよいよ509特殊部隊に任務を遂行する日が迫ってきたが、ティベッツはこの任務を正確に遂行するために、投下訓練の実施を求めた。それは9000メートルの上空から目視によって爆弾を投下するというものだった。

7月20日に最初の投下訓練が行われた。テニアン島を飛びたった10機のB29のうち三機が富山市内の住宅地に巨大な爆弾を落とし、これによって50人が死んだ。そのほとんどは朝鮮人だったといわれる。これ以降原爆投下の本番まで、49発の爆弾が投下され、あわせて400人余りが死んだ。

この爆撃に用いられたのは、通常の大型爆弾の四倍もの大きさを持ち、重量は4.5トンもあった。この爆弾は、長崎に投下された爆弾とそっくりに作られていた。そして長崎型原爆の愛称ファットマンをもじってパンプキンと名づけられた。姿がずんぐりしていたからである。これに対して広島型はリトルボーイと称された。

当初の計画では、原爆の投下対象は、京都、広島、長崎、新潟の四都市だった。だからパンプキンを積んだB29は、これらの都市の周辺やその飛行経路を主な標的にした。7月26日には静岡県の島田市が爆撃され、47人が死亡、200人以上が負傷したが、それはまず新潟に向かった部隊が、曇天のために富山を経由してテニアン島に向かう途中に投下したのであった。

計画は途中で変更され、京都の代わりに小倉が加えられた。長崎を爆撃したB29は当初小倉に向かったのだが、曇天のために急遽長崎に転じたという。その当時筆者の母親は小倉にいた。その時の小倉の空が晴れ渡っていたら、筆者はこの世に生まれていなかっただろう。

原爆投下後にもパンプキンの投下は続いた。それはすでに訓練ではなく、パンプキンの爆弾としての性能を一層詳細に調べるための実験だった。この実験によって、パンプキンは図体のでかい割には効果が小さいという結論が出た。こうして8月15日に存在した66発のパンプキンは、活躍の場を与えられぬまま、歴史の闇の彼方へと消え去っていった。

米国大統領トルーマンはなぜ原爆投下にこだわったのか。NHKの番組はその舞台裏をも示唆していた。

終戦を控えてアメリカとソ連の間にはすでに冷戦が芽生えていた。ソ連は日本への権益を確保するために、参戦を強く求めていたが、アメリカはそれを強く牽制した。極東におけるソ連の影響力増大は、アメリカにとっては地政学的に受け入れられなかったのである。そこでポツダム宣言に関連して、日本の降伏を強く求めたのであるが、日本人がこれを黙殺したために、やむなく原爆を落としたというのである。

日本の指導者たちの無能と大国のパワーゲームの影で、多くの人が犬死をした、この番組はそんな思いを感じさせた。


関連リンク: 日々雑感

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