フランス人がセックスを巡る事柄に鷹揚なことはよく知られている。特に女性は、ほかの国の女性たちに比べセックスへのタブー意識が弱いとされる。既にヴィヨンの時代から、パリ女たちはセックスを謳歌し、年老いた女たちもセックスの喜びから遠ざけられることを何よりの痛恨事としてきた。
ジョゼフィーヌがチーズのような匂いをたててナポレオンを魅惑した話は有名だ。ナポレオンもまたそんな話題を平然と話す感性を持ち合わせていた。最近ではサルコジ大統領夫妻がエリゼー宮内の自分たちの寝室を公開し、ベッドの上で二人でくつろいでいる光景を報道陣に見せた。カメラマンの問いかけに、40歳になるカルラ夫人は、大統領の子どもを生みたいと話したそうだ。
日本や韓国ではとても考えられぬことだ。だがこの頃のフランスでは、もっと考えがたいことでも起きる。
いまパリではあるポスターが話題を呼んでいるそうだ。地下鉄の通路に張られているもので、遠景には50歳前後の女性がソファーに横たわり、満足そうな視線をこちらに向けている。前景には上半身裸の若い男の後ろ姿が大アップで映し出されている。その男は2枚の100ユーロ紙幣を尻ポケットに入れているところだ。
このポスターは「客」 Cliente という映画を宣伝するためのものだ。熟年の女が若い男を金で買うことをテーマにした映画である。
フランス人は売春文化の長い歴史をもち、それに対して適当に付き合ってきた民族ではあるが、男が女を金で買うことには鷹揚でも、女が男を金で買うことについてはまだまだ抵抗感が強い。そこへこんな映画が現れ、しかも地下鉄の通路でそのポスターが張られる事態を前にして、人々に俄然複雑な反応を引き起こした。
この映画を作ったジョジアーヌ・バラスコ女史は、この映画のテーマは熟年女性の性の解放だとしている。フランス人がセックスにあけっぴろげな民族だといっても、その恩恵を蒙って楽しんでいるのは男のほうであり、女はそのパートナーを演じているに過ぎない。男がセックスに現を抜かすのは許されても、女はそうではない。女が金でセックスを買うなど売春婦と異なるところはない。そんな了解が未だに社会に厳然といきわたっているが、それはおかしいではないか。
いまやフランスでは、さまざまな理由からシングルの生活を送っている熟年女性が膨大な数に上るという。彼女らだってセックスの喜びと無縁でなければならない理由はない。バラスコ女史はそんな問題意識からこの映画を作ったというのだ。
それにしてもセックスの喜びを金で買うというのは、買い手の男女いづれたるを問わず、いろいろ問題のあるところだ。だからこそフランスではこの映画の評価を巡ってさまざまな議論が起きているのだろう。そこに敢えてこのような映画を突きつけたバラスコ女史の挑戦を、謹厳居士を自認する筆者などは複雑な気持ちで見守っている。
(参考)France, Sex, Problem? By Elaine Sciolino
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