カエデのもみじ:水彩で描く折々の花(壺齋散人画)
カエデ(楓)ともみじ(紅葉)とは、今では同義語になってしまったが、もともとの日本語では違う意味を持っていた。カエデとは植物分類学上の楓のことであり、もみじとは色づく葉のことをさしていたのである。ところが日本の木々の葉の中でも最も鮮やかに色づくものは楓であったから、いつの間にかもみじといえばカエデのことをさすようになった。
楓の葉の多くは複雑な形をしている。日本で普通に見られるものは葉の先端が五つに分かれている。この形が蛙の手足を伸ばしたさまに似ていることからカエルデといった。それが音韻変化によってカエデになったのだとされる。
一方もみじは色づくという意味の言葉「もみづ」が名詞化したものである。万葉の時代には、赤く色づくもののほか、黄色に色づくものももみじとよばれていた。万葉集には紅葉と記したものより黄葉のほうが多く歌われているのである。
もみじは日本人の感性にとっては、大昔から馴染のあるものだったから、当然歌にも歌われることが多い。万葉の時代には黄葉が主流だったといったが、古今集以降になると紅葉のほうが多く用いられる。その代表的なものを挙げておこう。
おく山に紅葉ふみわけなく鹿の声きく時ぞ秋はかなしき(古今集よみ人しらず)
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは(古今集在原業平)
名取川岸の紅葉のうつる影は同じ錦を底にさへ敷く(西行山家集)
見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ(新古今集藤原定家)
俳句のほうにも紅葉は多く出てくる。
色付や豆腐に落ちて薄紅葉(芭蕉)
山くれて紅葉の朱をうばひけり(蕪村)
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