神田囃子が聞こえてくる

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東京の祭のシーズンが始まった。筆者は神田岩本町の事業所に勤めているが、いつものようにオフィスのなかで書類に目を通していると、神田囃子の音が聞こえてくる。根っから祭好きの筆者は、調子のよい音にそそのかされて、いてもたってもいられなくなり、机上に書類を放り出して外に出てみた。

すると揃いの法被を着て神輿を担ぐ一団が、横丁を威勢良く練っている。法被の背中には須田町の文字が見える。そうかこの路地は岩本町と須田町の境なんだと思いながら、筆者はしばらく神輿の後についていった。

神輿を担ぐ男たちの顔は、みな喜びで輝いている。その顔を見る筆者の顔も思わず綻びてしまう。囃子の音がさらに威勢良く響き、担ぐもの見るものを一様に煽り立てる。

神輿の前には、簡易づくりの屋台が進んでいて、囃子はそこで演じられている。演じるといっても、屋台の上でではない。屋台は太鼓を載せているだけで、それを打ち手が歩きながらたたくのである。笛の吹き手は屋台の脇を歩きながら吹いている。

昔の東京の祭は山車を引いていたもので、囃子は山車の舞台の上で演じられていたものだ。それが昨今は山車を引くところはほとんどなくなり、神輿を担ぐのが流儀となった。だが囃子はなくて済ますわけにはいかない。そこでこのような屋台をこしらえて、そこで囃しながら神輿を先導するようになった。

須田町の神輿であるから、当然神田明神の氏子である。神田明神の祭は昔から天下祭と称され、麹町の山王祭や深川の八幡祭と並んで、華やかなものだった。毎年行われるわけではなく、山王祭と交互に、隔年ごとに行われてきた。時期は5月の20日前後というのがこれまでのしきたりだったと思う。

どうやら祭りの時期を早めたらしい。5月のはじめは東京の祭シーズンが始まる時期だが、これまでは下谷の祭が先駆けを勤めていたものだ。神田明神も時期を早めることで、自ら祭シーズンの到来を宣言し、東京の祭の代表格であることをアピールしようというのだろうか。

今日は金曜日であるから、祭はまだ始まったばかりだ。今年は本祭にあたる年のようなので、明日本社の鳳輦渡御がおこなわれ、明後日に町内神輿の連合宮入があるはずだ。この連合宮入は壮観だから、一見の価値がある。朝から夕方まで、ひっきりなしに町内神輿が宮入し、神田明神の境内とその周辺は、終日非日常的な雰囲気に包まれる。

ところで筆者の勤め先がある岩本町の神輿はどこだろうと探してみたら、昭和通り沿いの一角に設けられた神酒所の中に鎮座していた。こちらは、これから氏子たちに担がれることを待っているような風情だ。


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このページは、が2009年5月 8日 19:32に書いたブログ記事です。

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