悪の独白:リチャード三世

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シェイクスピアの造形した人物像の中でも、リチャード三世はもっとも強烈なイメージを付与されている。肉体的にはグロテスクな畸形として、精神的には無慈悲な悪の権化として。そうすることでシェイクスピアは、王権というもののもつ、グロテスクさと残酷さを、一人の人間の中で、目に見える形で表現した。

そんなリチャード三世を、シェイクスピアは劇の冒頭に登場させ、長い独白をはかせる。その独白は、直接観客に向かって発せられているのだ。観客は、リチャード三世の独白を聞かされることで、彼との間に秘密を共有することになるだろう。今後リチャード三世が行うであろうあらゆる悪事は、観客にとっては必然的な流れによるものだと受け取られるようになる。それはすでに、観客とリチャード三世との間で、親密な意思の疎通があるからなのだ。

  リチャード;このわしときたら 寸足らずに生まれついたおかげで
   人として一人前には扱われず
   無様で 不恰好な姿で
   この世に生きつづけねばならぬ
   こんなかたわな姿のおかげで
   犬でさえわしに吠え掛かる始末
   それ故わしは みなのようには
   心楽しく暮らすことができぬ
   自分の影をみては
   おのれの無様さをかこつばかりだ
   所詮わしは この世を謳歌できず
   それを愛することもできぬのだから
   いっそ悪党に徹して
   世の中の連中を憎み続けてやる
  Richard; I, that am curtail'd of this fair proportion,
   Cheated of feature by dissembling nature,
   Deformed, unfinish'd, sent before my time
   Into this breathing world, scarce half made up,
   And that so lamely and unfashionable
   That dogs bark at me as I halt by them;
   Why, I, in this weak piping time of peace,
   Have no delight to pass away the time,
   Unless to spy my shadow in the sun
   And descant on mine own deformity:
   And therefore, since I cannot prove a lover,
   To entertain these fair well-spoken days,
   I am determined to prove a villain
   And hate the idle pleasures of these days.

リチャードは、ひそかに王権を狙っている。それを自分のものにするためには、邪魔な人間をことごとく殺しつくし、しかも自分の権力の正当性を認めさせなければならない。だが自分は畸形でかつ人望も無い。犬にさえ吼えられる有様だ。

独白の中で使われている curtailed という言葉は、尻尾を切られた犬を連想させる。惨めな生き方を象徴するものだ。自分はそんな畸形に生まれついたおかげで、卑しい犬にまで馬鹿にされる。そうした事態に対するリチャード三世の怒りが伝わってくる。

観客はリチャード三世のこの怒りを、劇の冒頭で共有しているからこそ、その後の展開の中で次々と起こる異常な事件も、そんなに異常とは感じなくなる。それらはすべて、リチャード三世の怒りに根をもった、必然的な出来事なのだと思うのだ。

この独白に続いて、リチャード三世は王権奪取への、並々ならぬ意欲を語る。それは演劇全体が、今後たどっていくであろう、筋書きを先取りしてもいる。観客はそれを聞くことによって、あらかじめ、偶然と思われるものはすべて、リチャード三世の意思のなかでは、必然性を持っているのだと納得させられる。

ヘイスティングズとのやり取りの後、独りになったリチャード三世は次のようにいう。

   奴は生かしておくわけにはいかぬ だが殺すわけにもいかぬ
   ジョージが首尾よく天国に召されるまではな
   やつを嘘八百でそそのかして
   クラレンスに憎しみを向けさせよう
   わしの思い通りに運べば
   クラレンスは一巻の終わりだ
   その後には王のエドワードを始末して
   自分の手で世界をものにしよう
   とりあえずウォーリックの娘を手に入れるとするか
   あいつの夫と父親をわしが殺したからといってかまうものか
   He cannot live, I hope; and must not die
   Till George be pack'd with post-horse up to heaven.
   I'll in, to urge his hatred more to Clarence,
   With lies well steel'd with weighty arguments;
   And, if I fall not in my deep intent,
   Clarence hath not another day to live:
   Which done, God take King Edward to his mercy,
   And leave the world for me to bustle in!
   For then I'll marry Warwick's youngest daughter.
   What though I kill'd her husband and her father?

ジョージ・クラレンスはリチャードの兄で、自分より皇位継承権が近い。だからまずクラレンスを始末したあとで、やはり自分の兄である王エドワードを殺してしまおう。そうすれば、自分は正々堂々と王位を主張できる。

ウォーリックの娘とはアンのことで、先の皇太子エドワードの妻、先王ヘンリー六世の義理の娘にあたる。リチャード三世はこの女性に欲望を抱いたのだった。

こうしたリチャードの計算がここで述べられ、以後劇はその言葉通りに進んでいく。





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このページは、が2009年7月21日 20:24に書いたブログ記事です。

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