時がわしを浪費する Now doth time waste me:リチャード二世

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リチャード二世の第五幕において、シェイクスピアは、ポンフレット城に幽囚されたリチャードに長い独白をはかせる。この劇の最大の見せ場である。

政敵に王冠を簒奪されて、あとは死ぬことしか残されていない人間が、ぎりぎりの状況で自分を見つめる。それがこの劇を、リチャード三世とは異なった雰囲気のものに作り変えている。単なる歴史劇ではなく、悲劇的作品にしているのだ。

いまや何者でもなくなった人間が、ただ殺されることを待ちながらも、自分の存在の意義について思いをいたす。王冠を剥奪されて何者でもなくなった自分だが、それでも心の中で自分が何者かであると、感じることはできる。しかし現実には何者でもない人間だ。その何者でもない人間が、何者でもないことに妥協するとき、そこに救いが生まれるかもしれない。こうしてリチャードの思いは堂々巡りをする。

   こうしてわしは自分の中でいろんな人間を演じるが
   どれもしっくりとはせん あるときは王であり
   反逆に直面すると乞食に代わる
   そのとおりだ だがひどい窮迫が
   もう一度王に戻りたいと思わせる
   するとわしは再び王の気持ちになるが
   ボリングブルックによって簒奪されたことを思うと
   またもや何者でもなくなる 自分が何物であれ
   このわしが いや誰であっても
   自分の境遇に満足がいくのは
   自分が何者でもないことに折り合いをつけられるときだ
   Thus play I in one person many people,
   And none contended. Sometimes am I king.
   Then treasons make me wish myself a beggar;
   And so I am. Then crushing penury
   Persuades me I was better when a king.
   Then am I kinged again; and by and by
   Think that I am unkinged Bolingbroke,
   And straight am nothing. But what'er I be,
   Nor I, nor any men that but man is,
   With nothing shall be pleased till he be eased
   With being nothing.

そこに音楽が聞こえてくる。それが時間を想起させる。自分にとって時間とは何だったか、また何であるか、リチャードの夢想はとどまるところがない。

   わしは時を浪費した 今は時がわしを浪費する
   わしはいまや時をきざむ時計のようなものだ
   わしの思いが一分一分をさす ため息を漏らしながら
   わしの思いがわしの目に時計となって現れる
   その目に文字盤の針のように指をあてがい
   涙の曇りを拭い取るのだ
   そうだ 時を知らせる音は
   わしの心臓が出すうめき声だ
   それは鐘の音だ ため息 涙 うめき声が
   刻々と進む時の流れを告げているのだ
   I waste time, and now doth time waste me;
   For now hath time made me his numbering clock.
   My thoughts are minutes, and with sighs they jar
   Their watches on unto mine eyes, the outward watch
   Whereto my finger, like a dial's point,
   Is pointing still in cleansing them from tears.
   Now, sir, the sound that tells what hour it is
   Are clamorous groans which strike upon my heart,
   Which is the bell. So sighs, and tears, and groans
   Show minutes, times, and hours.

こうしたリチャードのうめき声は、観客には敗者の繰言としてより、深い真実を伴った言葉のように響く。リチャードは敗れることによって、かえって悲劇のヒーローになりえた、そんな感じを抱かせる場面だ。





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