杜甫の五言律詩「重ねて何氏を過る五首其五」(壺齋散人注)
到此應常宿 此に到っては應に常に宿すべし
相留可判年 相ひ留めて年を判ずべし
蹉跎暮容色 蹉跎す暮の容色
悵望好林泉 悵望す好林泉
何日沾微祿 何れの日か微祿に沾ひて
歸山買薄田 山に歸って薄田を買はん
斯游恐不遂 斯の游 恐らくは遂げざらん
把酒意茫然 酒を把って意茫然たり
この園に来てはいつまでいてもよいと思う、主人にとどめられれば何年いても飽きないが(今は、別れを告げるときだ)、自分は失意のまま晩年を迎え、悲しい思いでこの園の景色をみやる
いったいいつになったら官職にありついて、故郷の山に薄田を買うことができるだろうか、だがその志はおそらく遂げることができないだろう、酒杯をとって思いは呆然とするばかりだ
杜甫は鄭虔とともに再度何将軍の山林に招かれ、そこで五言律詩五首を作った。これはその第五首。先の詩においても、山林の幽玄な境地に接して俗世間を忘れたと歌っていたが、ここでも俗世間を忘れていつまでもここにいたいという気持を歌っている。
同時に、いまの惨めな生活から抜け出して、微禄にありつき、故郷に帰って小さな畑でも買いたいものだという。
だがそれはかなわないだろう。自分は一生いまの惨めな境遇から抜け出せないだろう。そう思うとますます惨めな気持ちになる。
杜甫のこの言葉は、予言のように響く。彼は終生故郷にもどることはなかったし、惨めな境遇から抜け出して、安定した生活を営むこともかなわなかった。だからこそ、腹の底から訴えかけるような、真情に富んだ詩を書くことになるのであるが。
関連サイト: 杜甫:漢詩の注釈と解説
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